14.親しさの理由
「ええ、そうよ。わたくしは王妃殿下の姪。王妃殿下が国王陛下に嫁いだ以上、同じ家門のわたくしが当代の王族に嫁ぐことはまず無いわ。それこそ、大きな間違いが起きない限り、ね」
「大きな間違い、ですか…」
グローリアは視線だけで周囲を見回した。先ほどの王弟殿下来訪の影響か他の生徒たちとの距離はそれなりにある。この程度の声量ならば大して内容が聞こえることは無いだろう。
「ええ。わたくしがどうにか間違いを起こそうとしてもお兄様は徹底してわたくしを子供として、義姪として扱うのですもの。………ふふふ、わたくし、あなたが羨ましかったのよ」
小さくため息を吐くと、モニカは続けた。
「わたくしがどれほどお兄様に思いを寄せようともお兄様の伴侶となる道は無いから、お兄様は安心してわたくしに親しく接してくださることができたのよ。あなたは伴侶となる可能性があったから、お兄様はわざと距離を置いているの。間違ってもあなたがお兄様に思いを寄せないように、周囲があなたを王弟妃にと推さないように」
「わたくしが王弟妃、でございますか」
グローリアはまたか、と思った。その可能性が無いわけでは無いことをあの茶会が無かろうともグローリアももちろん知っていた。無いどころか、グローリアと王弟殿下の気持ちや相性はどうあれ家格においても政治的側面でも国内のみで言えばグローリアが一、二を争うほどの候補者だろう。
少し表情を曇らせたグローリアに「そうよ」と笑うと、モニカは目を閉じ歌うように言った。
「わたくしはお兄様をお慕いしているわ。情ではなく、恋をしてきたの。それこそ、幼い頃からずっとずっとお兄様だけを思ってきたわ。だからね、ずーっと妬ましかったのよ。お兄様が悪者になってでも守ろうとする、美しきグローリア・イーグルトン公爵令嬢が」
ふふふと力なく笑うと、モニカは目を開けてじっとグローリアを見つめた。潤んだ若草の瞳の下、目元の赤さが痛々しい。
「わたくしには、別に思う方がおりますわ」
静かに凪いだモニカの瞳と視線を合わせていられず、グローリアも目を閉じて静かに言った。決して嘘ではない。今のグローリアの心を占めるのは麗しい漆黒の髪の騎士。同じ紫を帯びた瞳でも、あちらは夜明けの紫光の色だ。その思いがただ、恋かと言われればグローリアには分からないけれど。
「そうね、そうかもしれない。けれど、国のためだと言われれば、あなたは迷いなく首を縦に振るのではなくて?」
「否定はいたしません」
目を伏せたままはっきりと答えたグローリアを見つめ、モニカはゆっくりと頷いた。
「そう。そんなあなただからこそ、お兄様はその可能性を潰すためにあなたと距離を置きあなたとの将来を強く否定するのよ。子供だの好みでないだのと難癖のような理由をつけてね。あなたが国や民のために、あなた自身の望まない場所へ行かなくても済むように。無理やりお兄様の妃にされてしまわないように………。ねぇ、妬ましい以外何ものでもないでしょう?」
おどけたように肩を竦めて笑うモニカに、グローリアの胸がずきりと痛んだ。王弟殿下はグローリアが妃になることをどのような理由からであれ拒絶している。その拒絶ですら羨ましいと思えてしまうほどにモニカは深く王弟殿下を思っているのだろう。グローリアにはまだ、それほどまでの思いは分からない。
「モニカ………本当に、道は無いのですか?」
無いと分かっていても、グローリアは聞かずにはいられなかった。グローリアの目には王弟殿下もモニカを憎からず思っているように見える。モニカを避ける理由が政治的なバランスの問題だけだというのなら、他にも打開する方法はあるはずだ。
「無いわね。お兄様がさっぱりだもの」
モニカはひょいと、その華奢な肩を竦めた。困ったように諦めたように笑うモニカが、グローリアはどうしようもなく悲しかった。
「大人になっても、ですか?」
子供は好みではないと確かに王弟殿下は言っていたが、グローリアたちとていつまでも子供ではいられない。どれほど嫌がってもいつかは必ず大人になるのだ。身も、心も。
「駄目ね、その選択肢はわたくしには存在しないもの。………あなたには、あるのでしょうけれど、ね」
グローリアを見てふっと笑うと、モニカは何かを振り切るように首を小さく横に振った。それと同時に自習時間の終わりを告げるベルが鳴り響き、この王弟殿下の訪問からの騒動にも終わりを告げた。
グローリアが伏せていた目を上げると、モニカが小さく微笑んだ。
「そろそろ行くわね。グローリア、今度お茶に誘っても良いかしら?もちろん、おふたりも」
モニカはゆっくりと立ち上がるときちんと椅子を前の席に戻しグローリアを振り返った。
「ええ、もちろん。楽しみにしていますわ、モニカ」
グローリアも立ち上がり頷いて微笑みを返すと、ドロシアとサリーも「お待ちしております」「よろしくお願いします!」と立ち上がり、軽く膝を折った。
「ありがとう…本当に、ごめんなさいね」
グローリアたちが見送る中、どこかすっきりしたように笑って第一学年Aクラスの教室を出ていったモニカが隣国の第三王子と婚約したと聞いたのは、この騒動のちょうど三日後のことだった。




