5.グローリアの三人 三人目 2
しばらくの談笑ののち、王弟殿下がまたティンバーレイク公女に笑いかけると顔を上げた。何となくそちらを眺めていたグローリアと目が合うと、王弟殿下はふっと笑って同じテーブルに座っていたグローリアたちの方へと向かってきた。五大公爵家のうち、今回この茶会に参加しているのは二つ。ティンバーレイク公爵家のあとは同じテーブルに座るグローリアたちイーグルトン公爵家を訪うのはとても自然な流れだった。
「ようこそ、イーグルトン公爵夫人、イーグルトン公女」
グローリアではなく母の椅子に手を置き、王弟殿下はまた穏やかに微笑んだ。先ほどのティンバーレイク公女に向けた親しみのある笑顔とは違う、完璧に整った美しい笑顔だ。
「お招きをありがとう存じます、殿下」
「お会いできて光栄でございます、殿下」
グローリアも母と共に挨拶を述べるとにこりと社交用の微笑みを顔に張り付けた。十人いれば八人が美しいと崇め、ふたりはただ見惚れて絶句するグローリアの笑みだ。王弟殿下は見惚れることも顔色を変えることも一切無く、ただ「ああ」と微笑んで小さく頷いた。
「公女は年を経てまた美しくなったな。公爵もふたりの兄たちも気が気では無いだろう」
今日の主役は付添人ではなく令嬢令息だ。王弟殿下は麗しい微笑みを浮かべたまま、母ではなくグローリアをそつなく褒めた。
「お褒めに預かり光栄ですわ。容姿だけだと言われぬよう、今後も公女として精いっぱい学んでいく所存でございます」
「ああ、そういえば今年学園に入学したんだったか。おめでとう、公女。あまり気を張り過ぎるな。公女は少し自分の役割に頑なすぎると公爵が心配していたぞ」
「父が甘すぎるだけですわ」
穏やかに微笑みつつ当たり障りのない会話をしていると、周囲からグローリアにとっては不本意な声が聞こえ始めた。
「なんてお似合いのおふたりなのでしょう…。衣装もどことなく揃えていらして、まるで絵物語の一場面ようですわ」
「御髪の色も瞳の色も美しい一対のようじゃないか。許されるならずっと見ていたいな…」
まるで魂を持った完璧な人形のような美しい公女に、芸術家が理想を求めて削り出した彫像のように美しい王弟殿下。ただ数歩離れた距離で話をしているだけでも周囲の視線を簡単に集めてしまう。
ましてや、王弟殿下のシャツの袖口を飾るのは先日東国から贈られてきたというこの国では産出しないグローリアの瞳によく似た薄紫の紫翡翠のカフス。グローリアの胸元のリボンを飾るのは、王弟殿下の瞳には負けるが深い紫のアメジスト。
グローリアは本来であればサファイアとダイヤをあしらった蝶を象ったブローチを着ける予定だったが、今日の装いにはシンプルな装飾の方が良いと、候補として用意されていたものの中からひと粒のアメジストを銀の装飾で囲ったものをグローリア自身が選んだ。
本当にそれで良いの?と母に聞かれたのはこれだったかとグローリアは迂闊な自分を思い内心で歯噛みした。
「あーくそ…やりやがったなあいつら…」
ぽつりと、聞こえるか聞こえないかの声で王弟殿下が唸るように呟いた。濃紫の瞳が陰りぐっと眉根が寄せられたのは一瞬、ぱっと顔を上げた時には実に楽しそうな笑顔に変わっていた。
「俺の好みは心振るわすような味のある良い女だ。ただ行儀が良いだけの浅いお嬢さんに興味はねえよ」
王弟殿下は肩を竦めながらそう言うとグローリアの母に視線を流して少し顔を寄せ、母と目が合うと一瞬すっと目を細めて小さく唇を動かし、それから嫣然と微笑んだ。
「夫人ほどの貴婦人なら…ぜひともお願いしたいがな」
そう言うと王弟殿下はテーブルに置いていた母の手を持ち上げ、揺れる瞳でじっと母を見つめたままゆっくりとその指先に口づけた。口づけたままで母と見つめ合い、そうして甘く、甘く笑った。
グローリアの背を何かがぞわりと駆け上った。カッとなり、思わず王弟殿下の手を跳ねのけて母の手を取り戻すと感情に任せて王弟殿下を睨みつけた。
「傍若無人だ無作法だとは聞いておりましたがまさか不埒でもいらっしゃるとは………!殿下が何をなさろうと勝手になさればよろしいですが母を巻き込まないでくださいませ!………汚らわしい…!」
ぎり、と奥歯を噛みしめるとグローリアはデイドレスの隠しポケットからハンカチを取り出しそっと母の指先を拭った。いまだ何も言わぬ母にまさか王弟殿下の美貌に呆けているのかと顔を上げると、困ったように微笑む母の優しい瞳と視線が合った。
ふと違和感を覚えて「お母様?」と口元だけで呼ぶと、頭上から低い、地に響くような声が聞こえた。
「言ってくれるな………イーグルトン公女は相変わらず随分と容姿に似合わず情熱的だと見える。場所と言葉は選んだ方が良い………取り返しが付かなくなるぞ」
はっと王弟殿下を振り仰ぐと、グローリアを見る王弟殿下の表情は笑っているのに濃紫の目は全く笑っていないように見えた。




