12.ジャックのままで
食事へ行った翌日、「どうだったの?」と聞いたケネスに赤の牡牛亭に行った話をしたところ、「え、正気?大丈夫だったの??」とさすがに引いていた。やはりリビーが気を使ってくれていただけで貴族令嬢には厳しい場所だっただろうかとジャックは反省した。
元婚約者にも出かける場所選びで散々嫌な顔をされていたが、またもやジャックはやらかしてしまったかもしれない。一度気になりだすと何とも落ち着かない。いっそ会いに行くか?と思ったが、今月は国王陛下や王弟殿下の護衛勤務はあっても王妃殿下の護衛勤務はない。勤務が無い以上、ジャックは王妃宮に立ち入ることは一切できなかった。
「まぁ、そのうちひょっこり来ると思うよ」
そう言ってケネスは困ったように笑ったが、何だかんだでジャックの部屋で一杯飲んでから帰るようになった。ジャックの相棒は飄々として見えて実は懐に入れた人間にはとことん甘いのだ。
そうこうしている間に一週間が過ぎそろそろ手紙でも送ってみるかと思っていたところ、朝番だったジャック達の終業時間になって本当にふらりとリビーが現れた。その顔にはいつもの笑顔はなく、後片づけをしていたジャック達のところへきゅっと唇を引き結んで深刻そうな面持ちでゆっくりと歩いてきた。
「こんにちは、ジャック様、ケネス様。…………ケネス様、ジャック様を少しお借りしても良いですか?」
いつにないリビーの様子にケネスが数度瞬くと、「もちろん、どうぞ」と微笑んでジャックの背中を押した。リビーは「ありがとうございます」と少しほっとしたように笑うとジャックをちらりと見て踵を返し、何も言わずにまたすたすたと歩いて先に行ってしまった。
「は…?」
わけが分からず呆然とリビーの背を見送るジャックに、ケネスが呆れたように笑った。
「追いかけなよジャック」
苦笑いのケネスにぽんぽんと肩を叩かれ、ジャックは何とも落ち着かないままリビーの背を追いかけた。
騎士団棟から出て王宮の庭に入り、そのまま裏庭へ続く回廊へ入る。回廊を抜けると表の庭とは違う鬱蒼とした森のような庭に出る。そこでぴたりと止まると、リビーはジャックを振り返った。そうして真剣な顔でジャックを見つめると、目を何度か左右へ揺らし口を開いた。
「ジャック様、私、今日誕生日なんですよ」
「え、そうなのか?もっと早く言ってくれればお祝いくらい用意したのに」
突然のリビーの宣言にジャックは何度も瞬いた。やはり手紙くらい一度送っておくべきだったかと思ったが、あっさりとリビーに拒否された。
「いえ、いらないです」
「う、そうか」
リビーのはっきりした物言いにジャックはたじろいだ。やはり怒らせたのだろうか。謝った方が良い気もするが、何に対して謝ればいいのかジャックには分からない。分からないのに謝るのは得策では無い気がしたし、どうしたものかと悩んでいるとリビーがじっとジャックを見つめたまま続けた。
「私、物はいらないんです」
「ん…………物は?」
ジャックがいぶかしげに聞くと、「はい、物は」とリビーは頷いた。眉根にしわを寄せ唇を引き結ぶリビーは口元にこぶしを当てて視線を下に向け「んー…」としばらく考えた後、「うん!」と何かに納得したように頷き、ぱっとジャックを見るといつものリビーの顔でにっこりと笑った。
「ジャック様、私とお付き合いしましょう!」
「…は?」
「私、誕生日なんです!だから私の恋人になってください!!」
にっこりと、とても良い笑顔で言ったリビーに「は?」とジャックはびしりと固まった。なにが『だから』なのかはさっぱり分からない。顔を赤くするでもなく照れるでもなくただ真っ直ぐに自分を見て笑っているリビーの意図がさっぱり掴めない。
「あー待った待った!あまり男を揶揄うものでは」
「揶揄ってません!」
きっぱりと被せ気味に否定されジャックは唸った。どうもただ冗談で言っているわけでも無さそうで、けれどもさっぱり真意が掴めない。今日もリビーはとても楽しそうににこにこと笑うだけだ。
「あーっと、リビー嬢。俺はね、顔だけで中身が無いって婚約者に捨てられた男だよ?」
「そんなの、その人の見る目が無かっただけです!」
笑顔でばっさりと切り捨てられる。
「確かにジャック様は第一騎士団の騎士様としては変わっていると思いますけど、ジャック様はジャック様のままで、そのままで十分素敵な人です!」
とても良い笑顔で言い切られ、ジャックは「ぐぅ」と押し黙った。
ジャックは、ジャックのままで。
今まで、誰か言ってくれたことがあっただろうか。そのままで良いと、ジャックのままでいいと受け入れてくれた女性がかつていただろうか。ふと相棒の顔が浮かぶが、相棒は女性では無いなと除外した。
何とも言えない顔でジャックがぐるぐると考えていると、リビーがきゅっと唇を引き結び真剣な顔で言った。
「ジャック様。私言いましたよね?見つけたが最後ひっぱたいてでも一緒に生きて、幸せになってやる!…って」
リビーは言葉を切りじっとジャックを見つめた。真っ直ぐなリビーの視線にジャックも何も言わず、けれど目を逸らすこともできなかった。リビーがすっと目を細めてふわりと笑った。
「後ろを向いていようと、諦めていようと、湖に沈む寸前だってどうでもいいんです。生きてるなら、引きずり上げて一緒に幸せになるだけです!」
そうでしょう!?と笑うリビーにジャックは目を瞬き、そして苦笑した。リビーならきっとそうする。きっと間違ってもふたりで湖へ沈んだりしないし、幸せにしてやるとも幸せにしてくれとも言わない。それこそ本当にひっぱたいてでも前を向かせて並んで歩いていくだろう。そうしてきっと、勝手に幸せになるのだ。相手も巻き込んで。




