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ある王宮の日常とささやかな非日常について(シリーズまとめ版)  作者: あいの あお
第五章 捨てられ騎士の失恋未満と赤い花について

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11.恋歌

 準備が終わったのかリュートの男が共に舞台に立つ女をちらりと見る。頷き合うと、静かなリュートの音色が響き渡った。


「…綺麗な音色ですね」

「だな」


 そのまましばらく耳を傾けていると、それまでじっと目を閉じて立っていた女が口を開き、旋律に乗せて静かに歌い出した。リビーが目を見開き、更に柵から身を乗り出した。


「うわぁ…」


 女性としては少し低めの声が不思議な高低をつけて優しく問うように歌う。そこにリュートの男が甘く響く低音を重ね、静かにとつとつと、語るように歌が紡がれていく。


「なんて切ない…」


 騒がしかった店内から音が消え、誰もがじっと聞き入っている。リビーも食い入るように舞台を見つめていた。


「南部の古い恋歌だよ」

「恋歌…」


 全く違うところで生まれた男と女が自分の半身を探して迷い彷徨う。誰にも理解されず誰にも愛されず、いつしか美しい湖に辿り着いた。今は限りと死出の旅路に立とうとした時、初めて目の前にいる相手に気づく。あなたは誰と女が問えば、君は誰と男が問う。初めて満たされた心のままにふたりは湖へ向かい共に死出の旅路に着く。


「…死んじゃったら駄目でしょう…」


 リビーがぐっと顔をしかめた。


「死んじゃったら終わっちゃうんですよ。私なら、見つけたが最後ひっぱたいてでも一緒に生きて、幸せになってやります」


 静かに響くリュートの余韻を聞きながら、リビーなら間違いなくそうするだろうなとジャックは思った。生きて生きて生き抜いて、きっと最後は自分の手で幸せを掴み取るだろう。誰かに幸せにしてもらうのではなく、自分の手で。

 それはきっと、あの赤髪の女性も同じなのだと思う。生きて、生かして、諦めない。だからこそあんなにもきらきらと輝いて見えるのだろう。ジャック達にとってただの武勇伝の主人公だった人は、今はもう温もりを持つ無視できないほどの光を纏うひとりの女性ひととなっていた。


「そうだな。俺もこの歌は旋律は好きだが歌詞は好きじゃないな」


 階下を見れば奏でる旋律は明るいものになり、舞台の上ではしゃらしゃらと手足に付けた鈴を鳴らしながらリュートと男の歌に合わせて女が舞っている。店にも喧騒が戻っていた。「そうですよね!?」とむくれているリビーの頭を、ジャックは性懲りもなくわしわしと撫でた。


「歌の男も、見つけたのがリビー嬢だったらきっと毎日大笑いして過ごして、死ぬことなんてすっかり忘れただろうと思うよ」


 ははっと笑ってジャックが言うと、リビーも「そうでしょうか」とへらりと笑った。その後は他愛もない話をしながら残った皿を全て平らげ、結局、デザートまでしっかり注文した。


「あ、そういえば」


 運ばれてきたチョコレートケーキを嬉々として食べていたリビーが、突然思い出したように言った。


「先輩が、ダレル様から贈り物をもらってたんです」


 チョコレートケーキに添えられたアイスクリームをつつきつつ、リビーは「うーん」と唸ると続けた。


「お揃いの四つ葉のクローバーのブローチとクラバットピンだったんですけどね、先輩のブローチは四つ葉のうち三つが緑でひとつが赤なんです。で、ダレル様のクラバットピンは三つが赤でひとつが緑なんです」


 チョコレートケーキとアイスクリームを半分ずつスプーンに乗せ、リビーは落とさないよう急いで口に入れた。ダレルはハリエットの婚約者になった男だ。国王陛下の侍従であり、古くからの側近でハリエットよりかなり年上と聞く。


「私はとっても素敵だなって思ったんですけど、なぜか皆さん、顔を引きつらせて重いって言うんですよねぇ…。さすがは国王陛下の側近だって」


 いや、重いだろう。とはジャックは言わなかった。婚約してすぐの贈り物がそれとはどれだけ惚れてるんだと突っ込みたいところだが、ハリエットが幸せならそれでいいとも言える。


「ハリエット様の反応は?」

「んー…箱を開けた瞬間は呆然としてましたけど、何だかんだで少なくとも週に一度は必ず身につけてますね」


 開けた時の表情まで見ていたということは、ハリエットは皆の前で開けたのか。皆の前に居るときに届いてしまったのか。とりあえず、嫌ではなさそうなのでジャックは何も言わないことにした。


「幸せそうならそれでいいんじゃないか?人それぞれだしな」


 リビーは最後のひと口を名残惜し気に口に入れると丁寧に咀嚼して飲み込んだ。


「そうですよね!先輩が幸せそうなら、私はとても嬉しいんです!!」


 うんうん、と頷きながら笑うリビーにジャックも笑った。


「ハリエット様も死なないし死なせないタイプだからな。きっと婚約者も生かされて、渡さずにはいられなかったんだろうな」

「はい!先輩ならきっと…その人だけじゃなくて、周りの人も丸っと拾って生かしちゃうんだと思います!!」


 嬉しそうに頬を染めるリビーの頭を、ジャックは笑いながらまたわしわしと、さっきよりも強めに撫でた。


 帰りはまた乗合馬車に乗り、上機嫌で話すリビーを女子寮の前まで送り届けた。機嫌が良すぎて酔っているのか素のままなのか判断できず、王宮内であってもジャックは心配になったのだ。


「ジャック様、ありがとうございました!!とっても楽しかったです!!」


 にこにこと笑うリビーにジャックも笑うと、「俺も楽しかったよ」と言って手を振り別れた。次はどこへ連れて行くかと考えながら自室に帰り、約束もしていないのに次を考えている自分に笑った。


 けれども、リビーはその後五日ほど鍛錬場には来なかった。もちろんジャックも常に鍛錬場に居るわけでは無いので居ない時に来ていたかもしれないし元々会えていたのは週に一度程度だったのだから当たり前と言えば当たり前なのだが、ジャックは次の約束をしなかったことが今更ながらに気になった。


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