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ある王宮の日常とささやかな非日常について(シリーズまとめ版)  作者: あいの あお
第五章 捨てられ騎士の失恋未満と赤い花について

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10.赤牛の塊焼き

「はーい、お待たせさん」


 頬杖をつきリビーを眺めていると待ちかねた料理が追加のエールと共に届いた。頼んだのはこの店の名物、赤牛の塊焼きに今日のお勧めの魚介と野菜のフリット、ガーリックブレッドと赤牛のブラウンシチューだ。ケネスと一緒なら倍は頼まないと足りないが、リビーの食べる量が分からないのでジャックだけでもギリギリ食べきれるくらいの量だけ頼んだ。足りなければまた頼めばいい。


「うわ、すごい!大きいですね!?」


 赤牛の塊焼きを見てリビーがまた目を丸くしている。むくれていたのがもうころころと笑っているのを見てジャックもまた「ははっ」と笑った。

 塊肉をローストしたものは貴族家の食卓でも定番だが、あちらは使用人がスライスして皿に綺麗に盛ったものが供される。リビーの顔ほどの大きさの塊がどすんと目前に出されるのは貴族令嬢には中々無い経験だろう。


「リビー嬢は量は食べられるほうか?」


 ジャックが専用の牛刀とフォークで塊焼きを器用に切り分けていく。それをじっと楽しそうに見ながらリビーが言った。


「分かりません!この間朝食にパンケーキ三枚とオムレツとソーセージ二本とフルーツをお皿に乗るだけ食べていたら、先輩には『若いわね』ってちょっと笑われましたが…」

「それは結構食べるな!」


 これは良い、と大きな切り身を皿に乗せてリビーの前においてやる。添えてある赤ワインのソースをかけるとリビーの目がまたきらきらと輝いた。


「すごい!お肉!!」


 まさしく肉だ。カトラリーの入った籠を渡してやると、リビーは「ありがとうございます!」と言ってフォークとナイフを構えた。


「よし、食うか!」

「はい!いただきます!!」


 低温でじっくりと焼き上げた塊の牛肉は色は赤いがしっかりと火が通っており、力を入れずともナイフを少し押すだけですっと切れてしまう。ジャックが大きく切った塊をひとくちで口に放り込むと、リビーも女性としてはかなり大きなひとくちを頬張ったところだった。リビーが目を見開き、目をきらきらさせながら一生懸命咀嚼している。


「美味しいです!お肉の味が濃い!!」


 またひとくち口に含むと嬉しそうに咀嚼する。どうも気に入ったようで、大皿に乗った塊の方をちらりと横目で確認していた。


「気に入ったようで何よりだよ。そっちの赤ワインのソースはガーリックトーストに付けてもうまいし、行儀は悪いがフリットやポテトに付けてもうまい。もちろんシチューにつけてもうまいぞ。というか、何を組み合わせてもうまいから、色々試してくれ」


 ジャックはいそいそとシチューを小皿に盛りリビーの前に置き、別の小皿にガーリックトーストを一枚乗せてやった。リビーは「ありがとうございます!」と笑うとさっそくガーリックトーストを千切りシチューに付けて食べている。またぐっと目が大きく見開かれきらきらと輝いた。


「好きにとって食べろよ」


 ジャックはそう言うと空になったリビーの肉の皿にもう一枚切り身を乗せてやりソースをかけてやった。そうしてエールを飲み干すと今度は店員を呼び、エールのお代わりとリビー用に酒精のないジンジャーエールを注文した。


 黙々と食べていたリビーがぴたりと手を止めると、ジャックをじっと見つめて感心したように言った。


「ジャック様って、ものすごく面倒見が良いですよねぇ…」

「そうか?」


 言いながら、ジャックはちょうど届いたジンジャーエールをリビーの前に置き、空いていたシードルのグラスとエールのジョッキを店員に手渡し、リビーを振り向いた。


「普通だろ?」

「いえ、絶対普通じゃないです。というか、本当に第一騎士団の騎士様ですか?」


 合間にもぐもぐと肉を咀嚼しつつリビーがなんとも不思議そうな顔をした。リビーが自分で野菜のフリットを大皿から取ったのをちらりと見てジャックは安心したように笑った。


「そういう意味では、確かに普通じゃないな。ケネスは割と貴族寄りだが俺はどちらかと言えば平民寄りだからな」

「平民寄り、ですか?」


 めをぱちくりとさせるリビーに頷くと、ジャックはエールをひとくち含んで言った。


「俺は四人兄弟の一番下なんだよ。ケネスは三人兄弟の真ん中だから万が一のために当主教育も受けてるし、性格的にもまぁ…第一っぽくはないがちゃんと貴族だ。俺は家を継ぐ可能性も無いから割と放置されててな。顔だけは良かったから婿に出される予定だったんだが、この性格だからな。婚約者にも顔だけで中身がないと捨てられた」

「は!?捨てられた!?」


 ハリエットが食べていた手をぴたりと止めてジャックを凝視した。眉根にしわが寄っている。


「捨てられたって言ってもな。幼馴染で家同士の利害関係も無かったし、さっぱり気も合わなくてお互い好きになれなかったし。まぁなるようになったって感じなんだけどな」

「だからって、中身が無いとか意味が分かりません!」


 リビーは親の敵とばかりに魚のフライを大きく切り分けて大きな口で頬張りもぐもぐと咀嚼している。目がまた大きくなったのでお気に召したらしい。


「実際まぁ、貴族として考えると俺は中身が無いんだと思うよ。世辞も言えないし、回りくどい言い回しも得意じゃない。空気を読むのもあんまりだな」


 一階を見ると、舞台になった一角にリュートを持った男性と露出多めの服を着た女性が立った。踊り子か歌姫か。今から何か演目が始まるらしい。

 ちらりとテーブルを見るとほとんど食べつくされており、ジャックは少し物足りないくらいだったが今日はここで止めておくことにした。


「…何か始まるな」


 階下を見ながら呟くと、咀嚼を終えてカトラリーを置き、ジンジャーエールで口を潤したリビーも柵から少し乗り出して下を見た。


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