3.先輩のお友達
にこにこと屈託なく笑うリビーは王妃殿下の侍女としては駄目だと思うが人としては好感が持てる。ちらりとケネスを見ると自然に口角が上がっており、恐らくケネスも同じ意見のようだ。
「ところでスコットニー嬢。先輩のお友達とは、我々でよろしいのですか?」
ジャックがそう聞くと、リビーがきょとんと小首をかしげた。
「違うんですか?先輩、ずっと心配してたんです。お友達が嵐の中、連絡係で行っちゃったって」
あれ?違うの?とリビーが斜め下を見ながらぱちぱちと瞬きを繰り返している。あの嵐の日の連絡係のことだろう。そうか、ハリエットはジャックたちを友と呼びずっと心配してくれていたのか。
「いえ、あの視察の時にご一緒させていただいたのが初めてでしたので…友達、と仰っていただけるのがとても嬉しいと思いまして」
ジャックが微笑むと、リビーがまたにっこりと笑った。
「じゃぁ、ジャック様たちは先輩のお友達ですね!」
「そのようです」
にこにことハリエット談義を続けるジャックとリビーを淡く微笑んで見守っていたケネスが静かに言った。
「スコットニー嬢、お手紙とは?」
ジャックはすっかり忘れていた。そういえばリビーはハリエットの話をしに来たのではない、王妃殿下からの手紙を持ってきてくれたのではなかったか。
「あっ、すいません!これなんですけど…」
そう言って出したのは少し厚めの封筒がひとつ。どうも王妃殿下にもジャックとケネスはワンセットだと思われているようだ。
「拝見します」
ケネスが受け取り、金の封蝋を丁寧にはがして中の手紙を取り出した。内容としては、今回の随行の礼と素晴らしい対応であったとのお褒めの言葉。そして、ハリエットの婚約に関してジャックとケネスが大変重要な役割を担ったということで、感謝と王妃殿下の個人的な心づけについて書かれていた。
「「…」」
ちらりと、ジャックとケネスの目が合った。さて、自分たちはいったいハリエットの婚約に関して何をしたのだろうか。さっぱり分からないがあの王妃殿下がそう言うのなら何かあったのだろう。
「こちらはお返事を申し上げた方がよろしいですか?」
ケネスが聞くと、リビーがふるふると首を横に振った。
「特にお返事は必要ないそうです。そこに書いてある通りに、ということでした。もし何か希望があれば言うように、とのことです!」
ぴしりっと背筋を正すとリビーが言った。王妃殿下のお言葉を思い出したのだろう、きゅっと真面目な顔になった。よくもまぁくるくる変わる表情だ。面白い、とジャックは内心で笑った。
「承知いたしました、とお伝えいただけますか。それと、心より感謝申し上げますと」
「承知いたしました!確かにお伝えいたします!!」
リビーがまたもぴしっと直立すると、今度は優雅にカーテシーをした。実に動きに一貫性が無い。恐らく優雅に見える部分が猫の居る部分なのだろう。ハリエットにこの不自然さはないので全体的に卒なく猫を被っているのだなと、ジャックは密かにに感心した。
「タイラー卿って、先輩が好きなんですか?」
カーテシーから起き上がると突然リビーが言った。
「え?」
「タイラー卿、先輩の話をしてる時、すっごい優しい顔してます。もしかして惚れちゃいましたか?」
豪直球だ。王妃殿下付きの侍女を通り越して貴族としても駄目だと思う。先ほどスコットニー伯爵令嬢だと聞いた気がするのだが聞き間違えだっただろうか。
あまりのことにジャックは目を見開いて固まり、ケネスは「ぐっ」とついに噴出した。
「そうですね…明るくて、素直で…大変素敵な方だと思いますよ」
ジャックは嘘のない返事をした。幸い、まだ恋では無かった。好意はあるがそれだけだ。
「そうなんですね。タイラー卿は見る目があるなぁ……」
ふふふ、とリビーが笑いながら言った。後半は独り言のようだったがしっかり聞こえていた。
ジャックとケネスで良いですよ、と言うとリビーも「ありがとうございます!リビーって呼んでください!」と笑ってぴたりと止まった。
「あれ?でもジャック様とケネス様は結婚していないんですか?」
「自分はしていますよ。娘が一人います」
ケネスが穏やかに微笑むと、またリビーが瞳をきらきらさせた。「娘さん!絶対可愛い!!」ととても嬉しそうだ。
「私は今のところご縁に恵まれていません。ハリエット様なら喜んでご縁を結んだのですが」
ジャックがそう言ってにやりと笑うと、リビーがぱあああ!っと音がしそうなくらいに満面の笑みになった。
「そうですよね!!惜しいです、ジャック様!あと二十日遅かったです!!」
「そうですね、二十日遅かったな」
く~!っと言いながらこぶしを握りぶんぶんと手を振るリビーに、ケネスは口元に手を当ててふっと表情を崩し、ジャックはついつい声をあげて笑った。
「ジャック様!ケネス様!また来て良いですか!?」
「どうぞ、いつでも」
また来ますねー!と手を振り走り去るリビーを見送ると、ケネスがぽつりと言った。
「王妃殿下の侍女って、個性的だね?」
それはきっとハリエットも含めてだろう。「そうだなぁ」と笑うとジャックはちらりと鍛錬場を見た。ケネスも王妃殿下からの手紙を大切に懐にしまって「うん」と笑い、ふたりで鍛錬場へと向かっていった。




