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ある王宮の日常とささやかな非日常について(シリーズまとめ版)  作者: あいの あお
見世物騎士の日常と一目惚れについて

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4.アマリリス

 グローリアが最後に向けた視線が気になりつつもアレクシアが鍛錬場に戻ると、見知った顔がアレクシアをじっと見つめていた。


「さっすがアレク卿。今日も見事っすねー…」


 グローリアたち三人娘の背中が観覧席へ続く階段へ消えたのを見届け、第二騎士団所属の若手君が軽く拍手をしてくれた。まだ二十歳にもならない彼は御令嬢方が苦手でいつも逃げ回っているのだ。

 男爵家の出ではあるが中々の男前で騎士としての評判も悪くない彼は、婿を探す御令嬢やお金持ちのお嬢さんからは有望株として日々秋波を送られているようだ。


「ありがとう。これくらいなんてことないから、困ったらまたいつでも呼んで」


 御令嬢たちに向ける微笑みとは違う人懐こい笑顔でにこっと笑うと、若手君が「綺麗なのにかっこかわいいとかずるい」と両手で顔を覆った。一応、跡継ぎ娘のアレクシアも婿殿探し中なので有望そうな青年には多少粉をかけておきたい。だいぶ年下なので実際どうこうすることはないだろうけれど。


「アレク卿、あの、なぜアマリリスなのですか?」


 第三騎士団所属の熊のような巨体の騎士がのそりと近づいてきた。筋骨隆々。ポーリーンよりもアレクシアの方が背が高く、アレクシアは男性の平均よりも少し高い。けれども熊君はそのアレクシアでも見上げるほどに大きい。近づきすぎると全く顔が見えなくなるくらいだ。


 第三騎士団はほぼ平民で構成されている。主に王都の警備を担当しており、市民にとって最も身近な騎士だ。ちなみに目の前の熊君も平民だが、騎士爵を得ているので低位貴族扱いだ。

 王立騎士団は、アレクシアの所属する第一、ポーリーンの所属する第二、熊君が所属する第三に、三つの騎士団を統括する司令部で構成されている。


「なぜって?」


 熊君の質問の意味が取れずアレクシアは問い返した。熊君は縦にも横にも筋肉で大きいが、心根は優しく恥ずかしがり屋の可愛い子だ。


「あのう、アマリリスは煩い人って裏の意味があるって前に先輩に聞いたのですが…公女様と御令嬢方はすごく喜んでいたので……」


 手振り身振りを交えながら熊君が説明してくれる。なるほど、どこかの誰かがまっすぐな熊君に裏の意味を伝えたわけか。あまり純粋な青年の心を捻じ曲げないでいただきたいとアレクシアは切に思う。ポーリーンもそうだが、こういう真っ直ぐで誠実な気性は実に稀有なのだ。特に貴族社会においては。


「ああ、そうだね。私はグローリア様にそういう意味でもアマリリスと言ったけど、御令嬢方は今はやりの歌劇のヒロインだと思ったようだね」


 ふふふ、と笑いかけると熊君が目元を赤く染めて困ったように目を泳がせた。実に初々しい反応に嬉しくなる。アレクシアは常にこういうのを求めているのだ。だからこそ年若い御令嬢方のお相手はアレクシアにとって苦にはならないのだが。

 アレクシアに寄って来る男はなぜか自分に酔っている者が多い。「君なら隣に置いても遜色ない」などと言われた日には笑顔で一昨日来やがれと脛を蹴飛ばしてやりたくなる。


「『王の歌』っていう歌劇は聞いたことがないかな?」


 熊君と一緒に第二騎士団の若手君もふるふると首を横に振っている。知っている方が女性にもてると思うので、これからが本番の彼らには知っておいて欲しいところだ。


「王がね、最愛の女性に彼女が好む美しいアマリリスを讃える歌を贈るんだ。どれほどアマリリスが美しいのか、どれほど魅力的なのか。滔々と歌い上げて、そうして最後、彼女の手を取り歌うんだ。『そんなアマリリスもあなたの前では霞んでしまう。あなたに敵うものなど何もない。あなたこそが最上のアマリリス、私の最愛で全てだ』ってね」


 唇に人差し指をあててにやりと笑う。少々権力を乱用しがちな姦しい御令嬢たちは、アレクシアに『何よりも美しく貴い』と言われたと思ったのだ。そしてアレクシアは、彼女たちはきっとそう解釈するだろうと分かった上でグローリアを『アマリリス』と呼んだのだ。


「うわぁ…それは、喜びますよねぇ…」


 若手君が遠い目をしている。アレクシアが敢えてアマリリスに例えたことも正しく理解しているのだろう。何とも言えない顔になっている。


「なるほど、すごい、すごいです、ありがとうございますアレク卿」


 熊君は大きな体に似合わないつぶらな瞳をキラキラとさせ、両のこぶしを胸の前で握ってぶんぶんしている。熊君は一見すると大きくて威圧感があって少し怖いのだが、顔だけ見ると実はとても可愛らしいのだ。話し方も少しのんびりとしており、山野でたまに討伐対象となるあの熊と言うよりアレクシアは大きなテディベアを想像してしまう。


「どういたしまして。さぁ、ふたりとも、しっかり鍛錬してお嬢様方にアピールしておいで」


 そう言って、アレクシアはウィンクをひとつサービスしておいた。


「「はい!!」」


 元気よく答えて鍛錬に戻る二人の背中を、アレクシアは眩しそうに見送った。


「今日も無事、終わったかな…」


 ちらりと観覧席を見上げれば御令嬢方は落ち着いたらしい。無事に終わりそうなことにほっと胸をなでおろしつつも、いつもと違う場所にグローリアたちが座るのが見えてアレクシアはちくりと、胸が痛むのを感じた。


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