3.グローリア
「あぁ、こんなところで美しいアマリリスお目にかかれるとは」
アレクシアの日常は、王族の警護につかない日は主に御令嬢方のお相手に始まりお相手に終わる。今も騎士団の鍛錬場を本来立ち入れないはずの場所から訪れた御令嬢三人娘に極上の微笑みを向けたところだ。
紫光の色をした瞳を優しく細めてそっと主格である公爵令嬢グローリアに右手を差し出すと、グローリアがぽっと頬を染めて頬に手を添え、もう片方の手を差し出してきた。アレクシアは左手を後ろ手に腰に置きそのまま真っ直ぐに腰を曲げて実に優雅に指先に口づけた。もちろん、そのまま上目づかいでグローリアを見つめゆっくりとした瞬きをひとつ献上するのも忘れない。
「きゃー!!!」と、取り巻きのふたりのみならず、観覧席からこちらをチラチラと伺っていた御令嬢方からも黄色い悲鳴が上がる。これこそがアレクシアの日常であり、アレクシアの大切な『お仕事』だ。
アマリリスの花言葉は『輝くばかりの美しさ』というのもあるが、『おしゃべり』というのもある。
転じて『よくしゃべる姦しい御令嬢の集まり』という意味にもなるのだが、御令嬢方は都合よく最近王都で人気の歌劇のほうの意味にとったようだ。それで良い。
「まぁアマリリスだなんて…麗しいアレク卿にそのように仰られては、わたくし…」
アレクシアと見つめ合い、感極まったように瞳を潤ませるグローリアは儚げな空気をまとう絶世の美少女だ。か弱そうな容姿をしているがしっかりと芯が通っており、かつ公爵家のお姫様らしく大変気位も高いのだが、まだ十六歳という幼さも相まって今年で二十四歳のアレクシアから見ると非常に扱いやすく愛らしい。
同時に、アレクシア個人にとってもグローリアは『特別』であり、この鍛錬場においてはグローリアの手を取るのは自分だとアレクシアは思っている。
本来、ガードナー伯爵令嬢としてのアレクシアが公女であるグローリアにこのような態度をとれば当然不敬だ。グローリア本人が許したところで公の場であれば周囲に咎められてしまうはずなのだが、騎士爵を持つ騎士アレクならば当たり前のようにそれが受け入れられてしまう。騎士という身分の不思議か、それとも騎士服の魔力だろうか。
「何をおっしゃいます。グローリア様がいらしてくださった日の鍛錬場がどれほどの熱を持つのか…お分かりではありませんでしたか?」
グローリアは第一騎士団団長でもあるイーグルトン公爵の末の姫だ。そのイーグルトン公爵家の持つ私設騎士団は実は王宮騎士団よりも給金も待遇も良い。爵位や身分に関わらず採用するが縁故採用と実力によるスカウトがほとんどのため、何とかねじ込めないかと自己アピールに励む騎士が増えて実に訓練に熱が入る。
この時ばかりは普段は鍛錬など泥臭いとさぼりがちな第一騎士団の騎士たちもやる気を見せるのだ。ちらちらとグローリアを見ながら、だが。憧れの美少女に見初められたいという欲もあるのだろう。
そもそもイーグルトン公爵家の私設騎士団に入りたいのなら、たまに来るグローリアではなく当主である第一騎士団の団長にアピールをするために普段から鍛錬に励んだ方が良い、という頭は彼らには恐らく、無い。
「あなた様がアマリリスであることに誰が疑いを持ちましょう?まさしくあなた様こそが咲き誇る大輪の花ですよ、グローリア様」
手を取ったまま一歩近づき、小首をかしげ上から見下ろしながら更に笑みを深くする。少し下の方、うなじ辺りでまとめたアレクシアの見事な黒髪と細い紫のリボンがふわりと揺れた。
グローリアの薄紫の瞳が蕩け、過ぎるほど赤い唇から「ほぅ」とため息が漏れた。観覧席からも熱い視線と共に黄色い悲鳴と吐息が降り注いだのを感じ、アレクシアは今日の自分の仕事が思惑通りにしっかりと遂行されたことを確信した。
アレクシアがグローリアの後ろに並ぶ取り巻きのふたりに視線を向けて微笑みかけ、そっとグローリアの手を引き観覧席へと促せばグローリアはいつも通り素直にアレクシアの誘導に従ってくれる。
鍛錬場は危険なため、本来ならば見学は一段高い場所にある観覧席からと決まっている。まだ未成年であり幼さが残るとはいえ普段は誰もが憧れる模範的な令嬢であるグローリアなのだが、こと騎士団においては何だかんだと理由をつけていつも観覧席ではなく鍛錬場の方へ直接入って来てしまうのだ。
他の団員では公爵令嬢であり直視できないほどの美少女であるグローリアへ強く言うことも難しく、アレクシアが呼ばれて対応することがほとんどだ。アレクシアか、さもなくばポーリーンさえ出てくれば、グローリアは素直に従ってくれる。
それに、こうして鍛錬場に来るときはグローリアは必ず休憩所に差し入れを置いて行ってくれるのだが、グローリアが差し入れてくれる菓子を楽しみにしている者も決して少なくはない。




