1.久しぶりの逢瀬
第四章【見世物騎士の日常と一目惚れについて】
剣舞、というものがある。文字通り剣を手にして舞う踊りだ。
愚直なほど真っ直ぐな長剣を振るい、二人一組でくるくると舞う。時に剣を打ち鳴らし、時に相手の身を掻き切らんと輝く刃を横に薙ぎ、突き出された切っ先を寸でで躱し、離れ、そしてまた重なる。
ギリギリの攻防を繰り返し、その殺傷能力よりもいかに見る者を魅了し心を奪い屈服させるか。美しさと煌めきを追求し、共に舞う半身ともいえる相棒に自らの全てを委ね、そして委ねられる。
二人の息がぴたりと合い、融け合い、彼我の堺が曖昧になる―――。
その恍惚とした瞬間が、アレクシアは大好きだった。
その日、アレクシアは我が半身とも呼べる、王国騎士団の従騎士試験で一目見るや本気で惚れこみ剣舞のパートナーを申し込んだ、もう二度と出会いえないであろう最高の剣舞の相棒であり愛してやまない唯一無二の親友ポーリーンを前に、声を上げてお腹を抱えて笑っていた。
「いや、無いね。それは無い」
誰かが見ていたらあまりの普段との違いに気が狂ったのかと目を剥き天を仰ぐか、さもなくばきっと別人だろうと判断しただろう。
目の前で大変不快そうな顔をしている騎士服の麗人はアレクシアの本性を知っているため、ただ口を尖らせジト目になっただけだった。
「笑いすぎ、シア」
「腹黒だ腹黒だと思ってはいたがあの王弟の秘書官、良くもまぁ陛下まで丸め込んだものだね」
「腹黒だと気づいていたなら言ってくれれば良かったのに…」
「ポリーは言って信じた?あの子犬のような目で見つめられて?」
あの腹黒の秘書官殿ことアンソニー・オブライエン侯爵令息改めスタンリー子爵は顔を見事に使い分けている。普段は可愛らしい顔に愛嬌のある笑顔を浮かべて誰に対しても丁寧で礼儀正しい。決して性格が悪いわけではないし非常に理性的でもある。ただ、敵とみなしたら色々と容赦がないというだけだ。あと、ポーリーンに関してのみ何かのねじが外れる気がする。
そのためポーリーンはあの二面性に本気で気が付いていなかったらしい。今も恐らく半信半疑なのではないだろうか。
ちなみに、本物の子犬顔はポーリーンが目の前にいるときのみ鑑賞できる希少品だ。子犬風の顔はどこででも見られるが。
ポーリーンは昨年の春に王弟殿下に呼び出しを食らいアンソニーとの婚約を命じられた時以来、王弟殿下を腹黒だの鬼畜だのというが、アレクシアから見れば王弟殿下は権力が大きいくせに加減を知らないただの駄々っ子だ。王弟殿下以下多くの権力者を笑顔と才覚で骨抜きにして、それとなく自分の思うとおりにことを進めるアンソニーこそ、見事な腹黒であるとアレクシアは思っている。
気が付けばアンソニーの思惑通り…ということはポーリーンに始まったことではないのだ。まぁ、最も『やられた』のはポーリーンだと思うが…。気の毒だが運命だったと早々に諦めて欲しい。
苦虫を嚙みつぶしたように顔をゆがませてポーリーンがむぐむぐと何かを言っているが、アレクシアはテーブルに頬杖を突きそれを笑顔で眺めながら「まぁ良かったんじゃない?」と内心では思った。
あの秘書官殿は間違いなく性格…というか性質に問題があるけれど、ことポーリーンのことに関しては信頼できるし任せられると思っている。
その他に対する笑顔の圧とやることのえげつなさは凄いが、ポーリーンが本当に嫌がることはしないだろうし。たぶん。
「少なくとも、今なら信じる…」
両手を膝に置き、がくりと肩を落とすポーリーンは新婚ほやほや。気が付いたら勝手に婚姻が成立していた事件から早一か月が過ぎていた。何とか逃げ回っていたポーリーンも、ついに三日前、にこにこ顔の秘書官殿に王宮近くの仮住まいに引き取られていった。
アレクシアはちょうど二週間ほど王妹殿下の公務の警護で王宮を離れており、その後も事後処理に奔走していたためやっとじっくりと詳細を聞けたのが今日だったのだ。
それにしても、とアレクシアは思う。いくら何でも国王陛下に御璽を押させて『王命』として婚姻を受理させるなどさすがに想像していなかった。
まぁ、あの銀縁眼鏡の秘書官殿なら勢い余れば似たようなことはするかもしれないと思ってはいたが…。思わずまた笑いそうになるが、微笑みにすり替えて耐えた。
「まぁいいじゃない。旦那様のお陰で嫌がらせもなくなって無能も消えて騎士団が円滑に回る回る。感謝感激でしょ」
「そもそもの原因があの人よ」
「それはそれは!大変失礼いたしましたファーバー子爵令嬢…いえ、スタンリー子爵婦人」
「本当に止めて…」
おもむろに立ち上がり仰々しいほど大げさに騎士の礼をして見せると、疲れたようにポーリーンがため息を吐いた。




