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ある王宮の日常とささやかな非日常について(シリーズまとめ版)  作者: あいの あお
第三章 王妃付き侍女と国王付き侍従の恋文とその顛末について

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39.それから(終)

 全く引く気配の無いダレルに、ハリエットは眉を下げて首を横に振った。


「私はセシリア様の侍女ですけど、猫を被っていないと王妃宮を歩けません」

「猫かぶりの君も自然体の君もどちらも可愛いよ」

「大きな傷跡があるんです」

「名誉の負傷だ。君の勲章だろう?」

「デニッシュも大きな口で齧ります」

「美味しく食べるのが一番だよ」

「武器と暗器を仕込んで歩いています」

「夫婦喧嘩の時は出さないで欲しいかな」

「馬車より馬が好きです」

「ストークス家には良い馬を育てている牧場があるよ」

「子供が産めるか分かりません」

「君が健康ならどちらでも構わない」

「ああ言えばこう言う!」

「そうだね、あとは何かな?」


 どんどんと苦虫を噛んだような顔になっていくハリエットとは対照的に、ダレルはどんどん良い笑顔になっていく。楽しくて仕方がないという顔で笑うダレルにハリエットはため息を吐いた。もう、打ち止めだ。


 それでもどうしても譲れなくて、ハリエットはひとつ、条件を出した。


「……条件があります」

「うん、なんだろう?」


 ダレルが真剣な面持ちで背筋を正し、じっとハリエットを見た。ハリエットも真面目な顔でじっとダレルを見つめる。


「陛下からの謝罪の『お気持ち』を要求します」

「……謝罪?」


 ダレルはぱちくりと緑の目を瞬かせるときょとん、と首を傾げた。


「はい、謝罪です。直接ではなくお手紙でもいいですし、別の形でも構いません。私からすれば陛下の命令で動いていたのに突然手痛いしっぺ返しをされたようなものなので…。ダレルとの…その、は、嫌じゃないですけど…このままでは、ちょっと納得がいきません」


 あくまでも、ハリエットが欲しいのは『お気持ち』だ。国王陛下に頭を下げさせる気など当然だが毛頭ない。


 あれほどセシリアに叱られたにも関わらずまたもしでかしている国王陛下には、今一度ご自身のなさったことを考えていただきたいとハリエットは思う。その一助として、「反省しないと王妃殿下に告げ口するぞ」とハリエットは恐れ多くも一国の王を脅すことにしたのだ。ただひとり、ハリエットの唯一であるセシリアのために。


 ハリエットの意図するところは分かっているのだろう。ダレルは「分かったよ」と苦笑し頷いた。

 そうして、「あとは?」と優しく目を細めるダレルにハリエットは静かに首を横に振った。


 おもむろにジャケットの内ポケットに手を突っ込むと、ダレルは小さな紙を取り出した。ハリエットの元に来ると足元に跪き、その小さな紙を開きハリエットに差し出して言った。


「ハリエット・メイウェザー嬢、僕と、結婚してください」


 ごめんね、あまりに急で何も用意できなくて…。そう言いながら眉を下げるダレルの手の中にあったのは小さな紙に大切に挟まれた四つ葉のクローバーだった。

 それはハリエットがレオミンスター寺院でミミと共に見つけ、苦労性のダレルの『幸運』を願って手紙に同封したものだ。ずっと、持っていてくれたのだろうか。


 四つ葉のクローバーには、『幸運』以外にも実はもうひとつ花言葉がある。あまり有名なものでは無いし、幸運を祈るために贈られることが多いのでハリエットも気にしていなかったのだが。


「ハリエット。君の一番は王妃殿下でいい。僕と同じだけの思いを返さなくていい。それでも僕は君を望むよ」


 ダレルはハリエットの手にそっと四つ葉のクローバーを乗せた。

 

 四つ葉のクローバーのもうひとつの花言葉は、『私のものになって』。

 この日、ダレル・ストークス侯爵令息とハリエット・メイウェザー伯爵令嬢の婚約が、とても静かに決まった。


 後日、ハリエットのもとに国王の名で高価な布や宝石、希少な本が届いた。手紙もカードもなく、添えられていたのは国王の色である金の細いリボンを結んだピンクのカーネーション。花言葉は『謝罪』と、そして『感謝』。

 ハリエットは、国王陛下に謝罪の意思があるのかどうかは分からないが、ダレルとの約束通り国王陛下からの『お気持ち』を確かに受け取った。その内容もまた、例の如くやり過ぎではあるが。


 国王陛下の名で王妃殿下のものではない高価な女性用の品が購入されたことで「あの陛下が浮気!?」と王宮が騒然となったが、ハリエットが完璧な猫かぶりの笑顔で「陛下よりご自身の侍従と結婚してくれてありがとうとピンクのカーネーションと共に頂戴しました」と話したことにより誤解は解け、長く自らを支えてくれる侍従への深い感謝の印だったかと大変好意的に受け取られた。


 それを聞いたセシリアが、ならば自分も!とダレルに希少な本といくつかの品を送った。その本に挟まれていたのは美しい青のネモフィラの押し花を漉き込んだ一枚の栞。

 ネモフィラの花言葉は『成功』。そして、『あなたを許す』だ。

 ダレルからそれを見せられた時、セシリア様は国王陛下の思惑もハリエットたちの嘘も何もかも分かった上でこの婚約を押し勧めたのね…とハリエットは遠い目になった。


 余談だが、ハリエットがプロポーズと共にダレルから受け取った四つ葉のクローバーはダレルの希望で返却した。その代わりにと、四つ葉のクローバーを象った揃いのブローチとクラバットピンが用意された。

 形は同じ四つ葉のクローバーだが、ハリエットのブローチは四枚の葉のうち三枚が緑で一枚が透き通る赤だ。そしてダレルのクラバットピンはその逆、三枚が赤で一枚が緑だった。

 それを見たハリエットの同僚たちは皆、何とも言えない顔をして「重い…」「怖い…」と口々に言いすっと目を逸らした。最も若い侍女だけが「やっぱりストークス様はロマンチストでしたね!」と楽しそうに笑った。

 そうしてセシリアも「ダレルは昔から爽やかで穏やかな好青年かと思っていたけれど…違うわね。間違いなくあの人の側近だわ…」と遠い目になっていた。

 ちなみに、この小さな重いブローチは何だかんだで週に一度は必ずハリエットの胸元を飾っていたし、赤と緑の瞳の黒猫はいつも懐中時計と共に揺れていた。


 そしてもうひとつ。ハリエットとダレルには混じりけのない美しい赤の髪に煌めく緑の瞳のそばかすの可愛い娘ができるのだが、それはまた、もう少し後のお話。



王妃付き侍女と国王付き侍従の恋文とその顛末について 〔了〕


 リアクション、評価、ブックマーク等、本当にありがとうございます!

 お読みいただけるだけでもとても嬉しいです、ここまで読んでいただきありがとうございます。

よろしければ次の物語もぜひ、よろしくお願いいたします。


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