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ある王宮の日常とささやかな非日常について(シリーズまとめ版)  作者: あいの あお
第三章 王妃付き侍女と国王付き侍従の恋文とその顛末について

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38.恋文と、その顛末について 2

 メイウェザーの血は呪いだと、言ったのは誰だっただろう。

 ハリエットはふるりと首をひとつ横に振ると小さく息を吐いた。


「ダレル」


 背中を丸め申し訳なさそうな顔で俯くダレルに、ハリエットは静かに笑った。


「私は、メイウェザーなのです」

「え?」


 ダレルは驚いたように顔を上げると目を見開いた。

 ハリエットを真っ直ぐに見つめる澄んだ緑の瞳にハリエットの胸が鈍い痛みを訴えた。


 ハリエットはダレルに好意を持っている。それはもう否定のしようが無いことだ。今もこうして話をしながらもチクチクと胸が痛むのだから。

 己惚れるのならダレルも少なからずハリエットに好意を持ってくれているだろう。だが、それがそのまま結婚という話にはできない。ハリエットは、ハリエット・メイウェザーだから。


「私が見つけた『人生を賭けるに値するもの』はセシリア様です。どこに居ても、何をしていても、私の一番はセシリア様なのです」


 ハリエットの一番はどうやってもセシリアであり、いざというとき選ぶのはセシリアだ。もちろん侍従であるダレルもそうだ。いざという時選ぶのは国王陛下でなくてはいけないし、ダレルはそうするだろう。

 けれど、ハリエットは何もなくともセシリアを中心にものを考えてしまう。王妃であろうとなかろうと、セシリアがセシリアである限りハリエットはセシリアを第一に考える。


「ハリエット………」


 唇を引き結び、ダレルが真剣な眼差しで真っ直ぐにハリエットを見ている。ハリエットはその目を見つめ返し、淡く笑った。


 ハリエットはもう三十歳。容姿が飛びぬけて優れているわけでも、特殊な理由で有名な家柄ではあるが特別良い家というわけでもない。ありがたくも『王妃殿下の侍女』としてセシリアをはじめ多方面からお心遣いをいただいてはいるが、それだけだ。被れる猫の数は多いが、本来のハリエットは愛される性格をしているとも思っていない。


 ダレルは国王陛下の侍従。目立たず騒がず…つまり、常に安定してお側に控えている最側近だ。むしろ、人嫌いの国王陛下はダレル以外の侍従を側に寄せ付けないから唯一とも言える。

 ダレル自身もストークス侯爵令息を名乗っているが、今後も侍従として仕えるのに不自由がないようにとストークス侯爵家の持つ伯爵位をひとつ継いでいる。知っている者は知っていることだ。


 とても細やかな気づかいができることも、実はまめなことも、穏やかに見えて意外と情熱的なことも、ハリエットはこの十数日の間に知った。この人はハリエットにはもったいない。そう、ハリエットは思っている。

 ハリエットはダレルを一番に思えない。けれど、ダレル・ストークスは必ず誰かの一番になれる人だ。相手がハリエット・メイウェザーでさえなければ。


「私があなたを一番に愛することはありません。……ですからダレル。嫌なら今、言ってください。私が何とかして見せますから」


 ハリエットが苦く微笑み「ね?」と首をかしげると、ダレルの緑の目が更に大きく見開かれた。


 親しくしていたわけでは無かったが、共に王宮で王族を支えてもう十一年以上になる。本当に、様々なことがあった。

 もしダレルが心を傾けてくれたのがハリエットがもっと若い頃だったら何か違っていただろうか。いや、きっと何も変わらない。ハリエットは、今も昔もハリエットだ。


 さやさやと、春の風に若葉が揺れる。柔らかく吹く風はハリエットの赤い後れ毛をふわりと揺らし、そして池の向こうへと抜けていく。ふたりはしばらくの間、ただただお互いを静かに見つめていた。


「あ………」


 ダレルの口から声が漏れた。ただ真っ直ぐにハリエットを見つめるダレルに、ハリエットは淡く微笑んだままゆっくりと瞬き、小さく頷いた。大丈夫だよと、思いを込めて。


 ハリエットはもう自分のありように覚悟ができている。けれど、ハリエットと同じくらい生真面目なダレルはそんな自分たちにいつかきっと悩む日が来るはずだ。それでもハリエットは、セシリアを選ぶ。

 セシリアがダレルを選ぶことを望むならハリエットはダレルを選ぶ。心の中でどれほど血を流しながらでも。そうなれば、ハリエットは自分自身の変えられない心と血に苦しむだろう。

 セシリアはハリエットが苦しむことを望まない。話せば必ず分かってくれる。


 それにハリエットはそもそも独身宣言をしている。ほんの少しちくりと痛むハリエットの胸になど気づかなかったことにすればいい。


「ハリエット、僕は………」


 何かを探すように視線を泳がせ、ダレルがぎゅっと眉根を寄せた。その口元が小さく動き「先に言っておいて下されば色々用意ができたのに…!」と呟いたが、そよそよと揺れる木々が邪魔してハリエットには聞こえなかった。


 難しい顔をして俯いていたダレルが、何かを決意したようにひとつ頷くと顔を上げた。


「ねぇハリエット。もしも僕が、それでも良いと言ったら…君はどうするの?」

「え?」

「僕がもし、どんな君でも君であるなら構わないと言ったら?」


 まっすぐにハリエットを見つめるダレルの強い視線に、今度はハリエットが目を見開く番だった。「えっと…?」と目を泳がせると、ハリエットは困ったように言った。


「私は、今年で三十になりました」

「僕は三十六だよ。もうすぐ三十七になる」


 こんなおじさんでは嫌?と苦笑するダレルにハリエットは「とんでもない!」とぶんぶんと首を横に振った。そんなこと、気にしたことも無かったのだ。

 問題があるのはダレルにではない。ハリエットの方なのだから。


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