36.次の日 ~ もうひとつの再会
そのまま王妃宮を出て王宮を進む。どこへ行くのか分からないままルイザに着いて行くと、庭園の入り口で王弟ライオネルと従者のベンジャミンと出会った。
「ようハリエット、今日はまともだな?」
目が合うと、上から下までハリエットを見てライオネルが言った。「レオ、言い方」と小声でベンジャミンが突っ込んでいる。実はハリエットとライオネルは同い年。三年間同じクラスで過ごした腐れ縁であり、十年以上が経った今でもライオネルはハリエットに気安い。
「ありがとう存じます王弟殿下。お褒めに預かり光栄ですわ」
ハリエットが猫かぶり全開で淑女の笑みを浮かべてカーテシーをすると、ライオネルが思い切り顔をしかめた。
「お前それ止めろ。気持ち悪いぞ」
「気持ち悪いとは何ですか、これでも王妃殿下の腹心の侍女よ」
「それは女性に対する口の利き方ではありません、殿下」
「…ハリエット」
あんまりな物言いのライオネルについ抗議するとルイザに窘められてしまった。ライオネルもベンジャミンに窘められている。
「殿下、お褒めになるのなら素直にお褒めなさいませ。『まとも』は褒め言葉ではございませんよ」
更にちくりとルイザに注意をされ、ライオネルは「悪かったよ」と肩を竦めた。
「似合ってるよ、その色。お前の髪色に良く合ってる………お前もついに年貢の納め時だなぁ…」
「何の話ですか」
同情するような視線をハリエットに向けるとライオネルが首を横に振った。そうして、「俺も他人事じゃないんだけどなぁ…」とまたため息を吐いた。訳が分からずベンジャミンをちらりと見ると、にっこり笑って「お似合いですよ」と笑った。
「まぁ、良かったんじゃないか?俺は意外と悪くないと思うぞ?」
そう言ってにやりと笑うとライオネルはハリエットのおでこをぺしっ!と指ではじいた。
「ライ、痛い!」
思わず学園時代の愛称で呼ぶと「ハリエット!!!」とルイザから強めの叱責が飛んできた。ハリエットは「ひっ」と肩を竦めると、「痛うございますわ、ライオネル殿下…」ともそもそと言い直した。「レオ…」と王弟を呼ぶ大変低い声が、痛みで少し涙目のハリエットの肩を更に竦ませた。
「申し訳ありません、ハリエットさん。殿下にはしっかりと言って聞かせますので、本日のところはご容赦くださいね」
にっこりとベンジャミンが笑った。ハリエットが肩を竦ませたままちらりとライオネルを見ると「ごめんな」と苦笑いしていた。そうして「それではまた」と大変良い笑顔を浮かべるベンジャミンに引きずられて「またなー」と去って行った。
「………何なのでしょう?あれ」
「そうですね…王弟殿下なりの励ましでしょう」
「はぁ、励まし……」
結局また訳の分からないままルイザに促され、ハリエットは歩き出した。王宮前の庭園を抜け、通常は許可なく立ち入りのできない王族専用の区域に入る。ルイザが会釈すると守衛の騎士が何も言わず目礼したためすでに話は通っているようだ。セシリアが絡んでいるのだから当たり前なのだが。
そうしてさらに歩いていくと、左手に懐かしい池が見えた。七歳のあの日、ハリエットはここが王族専用区域だとは知らなかった。セシリアは知った上で逃げるためにわざと迷い込んだのだと笑っていたが。
池のほとり、ぐるりと右に回ると東屋がある。かつて国王陛下とセシリアが顔合わせを行い、つい先だってはポーリーンとアンソニーの話し合いに使われた場所だ。今日はそこに別の人影が見えた。ルイザはあの東屋に向かっているらしい。
「お待たせいたしました」
ルイザが人影に声を掛けると、どこかで見たことのある背中がゆっくりとこちらを振り向いた。
「…ハリエット?」
「ダレル…?」
緑の瞳が大きく見開かれ、困惑した顔でハリエットを上から下まで見た。
「どうして君がここに?」
「それはこちらが聞きたいのですが…?」
どちらも訳が分からないという顔で立ち尽くしていると、どこから持ち出したのかルイザが紅茶のポットを持って来た。
「ふたりとも、お座りなさい」
東屋を見るとお菓子と茶器がふたり分セットされている。ダレルは元々座っていた場所に座り直し、ハリエットはその反対側、カップが置いてある場所に大人しく座った。
満足げに微笑むとルイザはカップに紅茶を注ぎ、ポットをそのままテーブルに置くとハリエットに言った。
「詳しいことはダレルさんにお聞きなさい。ハリエット、しっかりと話してくるのですよ」
セシリア様のお部屋で待っています。そう言い残すと、ハリエットの返事も待たずにルイザはさっさと東屋を後にした。ちらりとダレルを見ると、「陛下、お願いですからこういうことは先に言っておいてください…!」と泣きそうな顔で遠くを見ている。どこかで見たような光景だった。
「とりあえず落ち着きましょう、ダレル。まずはお茶をいただきましょう」
ハリエットもどこかで言ったようなことを言うと、ダレルも何かを思い出したのだろう。ハリエットを見て困ったように笑った。
「ありがとう、ハリエット。いつも急で…本当にごめん」
頭を下げるダレルにハリエットは首を横に振った。
「いえ、どちらもダレルのせいではありませんから。謝らないでください」
「そうなのだけどね…これはたぶん、僕も謝らないといけないと思う…」
しょんぼりと項垂れるダレルにハリエットは聞いた。
「それで、今回は何でしょう?ルイザ様もダレルに聞けと言っていましたし、まずは詳しいことを教えてください」
また国王陛下が何かを始めたにしろ、詳しいことを聞かねば何も分からない。しかも今回はセシリアまで噛んでいるとなれば尚更だ。ハリエットの問いにびくりと肩を揺らし、ダレルはため息を吐きつつ天を仰いだ。
「まずは、何から話せばいいだろうね…?」
ダレルは「はあ…」とため息を吐きつつ俯き、ちらりとハリエットを見た。そうして、ああそうだ、と呟いた。
「ハリエット、その装い、とてもよく似合っている」
ふっと目元を朱に染めて微笑んだダレルの瞳を見て、ハリエットはやっと気が付いた。今の自分は色味に違いはあれど全身緑色だ。つまり、上から下までダレルの色なのだ。
ぶわり、とハリエットの頭に血が上った。何てことだ。やっとハリエットにも皆が楽しそうだった理由が理解できた。
「違うのです!これはセシリア様がお選びになって…!!」
慌ててわたわたと手を振り否定したが、ダレルはただ笑っただけだった。
「そうか、それでも嬉しいよ」
優しく目を細めたダレルにハリエットは絶句した。何だこれは、いったい何が起こっているのか。
「そうだね、ちゃんと説明するよ。分からなかったら、途中で止めて?」
覚悟を決めたダレルが紅茶をひとくち飲むと話し始めたのは、ハリエットにとって頭痛がしそうな話だった。




