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ある王宮の日常とささやかな非日常について(シリーズまとめ版)  作者: あいの あお
第三章 王妃付き侍女と国王付き侍従の恋文とその顛末について

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34.次の日 ~ 楽しみなこと

 しっかり食べてしっかり眠ればたいていのことは何とかなる。

 翌朝、ゆっくり眠ろうと思っていたハリエットはあっさりと日の出には目が覚めた。もちろん、頭も体もすっきりとしている。


「おはよう、お日様!」


 ハリエットの部屋から日の出は見えないが、空が明るく輝いているのは見える。ぐーっと伸びをするとたらいに水を入れて顔を洗いざっと髪にブラシを通す。懐中時計をちらりと見ればまだ朝の六時前だ。セシリアの元へ行くまでには十分すぎるほど時間があった。きらりと、懐中時計の黒猫の瞳が光る。


「ふふ…おはよう」


 笑いつつ指でつんと黒猫をつつくと、懐中時計の鎖と共に揺れてしゃらしゃらと音を立てた。その音にほんの少し切なくなるけれど、ハリエットはとても幸せだった。


 王妃宮を歩くのにギリギリのドレスを纏い薄く化粧を施す。髪はどうしても苦手なので、今日も髪留めでゆるくまとめるだけだ。

 自分で自覚していたよりもずっと疲れていたようで昨夜は荷解きをせずに眠ってしまった。衣類や靴などは「今すぐ出してください!!」と洗濯メイドが悲痛な声を上げていたので全て出したが、手荷物やその他の道具は全て置きっぱなし、出しっぱなしだ。


「これは…さすがに片付けてからが良いわよね」


 ちらりと懐中時計を見ると七時を回ったところだ。朝食を取りに行くか片付けるかを悩み「まずは食べる」と脳内のセシリアに言われて朝食をとりに食堂へ降りた。


「あ、先輩!おはようございます!!」

「リビー!早いわね?」


 今日は休みだというのにすでにリビーは食堂に居た。ちなみに、昨日もハリエットが食堂に入ったところリビーはしっかりと肉多めの盆を持ってにこにこしていた。食べ盛りのようだ。


「はい!楽しみで早く起きちゃいました!!」


 今日のリビーの盆に乗るのはバターとメープルシロップたっぷりの大きめのパンケーキが三枚にオムレツと大きなソーセージが二本。そこにフルーツの盛り合わせをこれも何が乗っているのか分からないほどに積んでいる。飲み物はオレンジジュースのようだ。野菜が無いのが気になるが、そこはフルーツでカバーだろうか。


「楽しみ?今日は何か楽しみなことがあるのね?」


 あまりに楽しそうなリビーにハリエットも思わず楽しくなってしまう。心からの笑顔というのは人から人へ伝播するものなのだろう。

 ハリエットはクルミがたっぷりと乗ったデニッシュとヨーグルト、春野菜のサラダと少しのフルーツを盆に乗せる。更にグレープフルーツジュースをグラスに注ぎ、リビーの隣に座った。


「そうなんですよ!もう楽しみ過ぎて、内緒にしているのが辛くって…」


 くすくすと笑いながらもどんどんとお皿のパンケーキを消費していく。決して品が無いわけではないのになぜその速度で話しながら消費できるのかハリエットには分からない。


「何か言えないようなことなの?」


 ハリエットも負けじとデニッシュにかぶりつく。かぶりついてから、しまった!と周りをきょろきょろと見回してフォークとナイフを手に取った。部屋で食べるときは良いがさすがに食堂では駄目だ。うっかり猫を忘れていた。


「そうなんです、まだ言えないんです。でもきっと楽しいことですからね!」

「え、私も関係があることなの??」


 こちらもしまった!という顔でリビーがぴたりと止まる。せわしなく咀嚼するとオレンジジュースで流し込む。


「ごめんなさい、先輩。まだ言えないんです…。でも絶対絶対楽しいことですから…!!」


 リビーが眉をハの字にして上目遣いでハリエットを見た。王妃殿下付き侍女としては失格だが、その可愛らしい仕草にハリエットは破顔した。


「無理に聞くつもりはないわ。悪いことじゃなくて良いことなのでしょう?だったら楽しみに待つだけね」


 リビーがほっとしたように笑い「さすが先輩!」とまた食事を再開した。残すはもうフルーツだけだ。間違いなくハリエットよりも先に食べ終わるだろう。他愛のない話をしながら朝食を食べ、別れ際にリビーが言った。


「先輩、頑張りましょうね!」

「え?頑張る?」

「はい!!頑張りましょう!!」


 にこにこ笑いながら楽しそうに手を振り去って行くリビーに、「え、頑張るって何?」とハリエットはしばらく立ち尽くした。


 釈然としないまま部屋に戻るとハリエットは荷物の整理を始めた。時刻は既に八時半を回っている。ずいぶんとリビーと話し込んでしまったようだ。これは少し頑張らねばならないと、ハリエットは鞄の中身を広げていった。

 宝飾品類を片づけ、小物類を片づけ、そうしてレターセットを片づける。ダレルから届いた六通の手紙とバタースコッチの缶、苺飴、胡麻の飴をデスクに並べる。バタースコッチは食べきってしまったのだが、どうしても捨てられずに缶だけ持って帰って来たのだ。

 美しい装飾の缶だし、大切な記念品として小物入れにでも使おうとハリエットは思っている。


「十日で六通。距離があるのにずいぶんと頑張ったのではないかしら?」


 ハリエットが送った手紙も六通だった。その全てに、ダレルは返事をくれたことになる。真面目な人だとは思っていたがまめな人でもあったらしい。自分に芽生えた名を付けられぬ初めての感情の相手がダレルで良かったと自然とそう思えた。


 ハリエットは黒い小箱に入った最後の一粒を口に入れしゃりしゃりと噛んだ。そうして空いた箱とバタースコッチの空き缶をチェストに飾り、苺の飴をデスクに置いた。ダレルからの手紙は少し悩み、まとめてチェストの一番下の段にそっとしまった。


 懐中時計を確認すると九時半だ。そろそろ頃合いだろう。ハリエットはもう一度鏡台で自分の姿を確認するとセシリアの部屋へ向かった。


「おはようございます。ハリエットです」


 時刻は十時五分前。ノックをして声を掛けると、「入って」とセシリアの声がした。ハリエットが「おはようございます」と部屋の中に入ると、口々に「おはよう」と返事が返って来た。ハリエットはぎょっとした。


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