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ある王宮の日常とささやかな非日常について(シリーズまとめ版)  作者: あいの あお
王妃付き侍女と国王付き侍従の恋文とその顛末について

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27.八日目 ~ 約束

 八日目。ついに視察を終え帰路につく日が来た。途中まだ数か所寄りはするが、大きな催しはこれで終了だ。遠回りはせずに最短の道を帰る。

 幸い雨はすっかりと上がり雲の合間からは薄日が差している。このままいけば昼には晴れるだろう。ただ、道が確実にぬかるんでいるということで予定よりも少し早い出立となった。


「セシリア、またいつでもおいで。ウェリングバローはいつでも君を歓迎する。逃げたくなったら全ての城門を締め切って籠城してでも守ってあげるよ」


 そう言って片目を瞑る大公殿下に、セシリアはまた思い切り抱き着いた。


「その時は私も一緒に戦いますわ。私の侍女たちはとっても強いのよ」


 くすくすと笑いながら振り向いたセシリアに、荷物の確認をしていたルイザが手を止めて軽くカーテシーをした。馬車の確認をしていたハリエットも振り向き、ルイザに倣いふわりと膝を折った。強い侍女、間違いなくルイザとハリエットのことだろう。


「そうか、それは心強いな。美しい戦士が一緒とあってはウェリングバローの騎士は何があっても膝をつけないだろうからね」


 目尻に薄くしわを寄せ声を上げて笑う大公殿下は、顔立ちは似ていないが雰囲気が王弟ライオネルに良く似ている。いや、ライオネルが大公殿下に似ているのか。無茶苦茶ではあるが、ライオネルは大公殿下のようにあろうとしているようにハリエットには思える。


「きっとそうなります。私の侍女はとても諦めが悪くてとても情熱的なの」


 セシリアが楽しそうにころころと笑っている。これはきっとハリエットのことだろう。メイウェザーは人生を掛けると決めたら最後、地獄の果てまで追いかける。ハリエットの唯一はセシリアだ。セシリアが逃げたいと言うのならハリエットはどこまでも着いて行き、何度でも守り通す。


「そうだった、彼女はメイウェザーだったね…」


 少し考えるような素振りをすると大公殿下が言った。


「セシリアはメイウェザーの心を手に入れたんだね…。セシリア、メイウェザーの『思い』は並じゃないよ?」

「ええ、知っていますわ。私が誰より知っています。昔も今も、そしてこれからも。私が私自身であることを誰よりも望み守ってくれる大切な絆ですもの」


 にやりとセシリアが挑発的に笑うと大公殿下がハリエットを見た。ぱちりと目が合うと、大公殿下は濃紫の瞳を細めてふわりと、大変魅力的な笑顔を浮かべた。


「分かっているなら良いんだ。分からないなら、君も彼女も不幸になるからね。分かっているならメイウェザーは最大の味方になる。はは…少し妬けるなぁ…」


 そう言いながらそっとセシリアの頭を撫でると大公殿下はハリエットを見た。


()()私が駆け付けられないときは、よろしく頼むよ…悔しいけどね」

「承りました。何に変えても必ず」


 にっと笑う大公殿下にハリエットもにっと笑って優雅に膝を折った。


 立太子の儀には必ず行くよと頷いた大公殿下に別れを告げセシリアは馬車に乗り込んだ。ルイザが続き、ハリエットが続く。常ならばセシリアを奥に座らせ扉側にルイザが乗るのだが、ルイザはハリエットの隣に座った。セシリアは扉側に座りカーテンを開け、じっと見送ってくれる大公殿下を見つめていた。


 先頭の馬車が行き道よりも少し重そうにガタゴトと動き出す。


「敬礼!!!」


 大公殿下が大きな声を上げた。窓の外を見ると大公殿下とウェリングバローの騎士たちが剣を掲げて見送ってくれていた。セシリアの乗る馬車が動き出すとき、大公殿下の口が「げんきで」と動くのを、窓に張り付くセシリアの後ろでハリエットも見ていた。


 城が見えなくなるまでじっと外を見つめていたセシリアがぽつりと呟いた。


「不思議ね、早く帰りたいと思うのに、もっとここに居たいとも思うの。人の心は本当に難しいわ」


 窓から離れいつもの位置に座り直すとセシリアは切なげに微笑んだ。それに合わせてルイザもすっと、セシリアの隣に移動した。

 ウェリングバローは遠くはないが決して近い場所でもない。軍馬ならば一日で駆けるが馬車ではほぼ三日はかかる。王妃であるセシリアにはあまりにも遠い場所だ。


「どこへでもお供します」


 ハリエットは言った。


「どこへでも、お連れします」


 まっすぐにセシリアを見て微笑むハリエットにぱちくりと瞬きをすると、ふっとひとつ息を吐きセシリアが破顔した。


「そうね、そうだったわね!」


 ルイザが王宮に残りセシリアの帰る場所を守り、ハリエットがどこへ行こうとも側でセシリアを守る。それは十一年前から続く約束だ。ルイザとハリエットだけではない。ルースも、エイプリルも、そして新しく加わったリビーも、王宮に残る侍女たちも。いつだってセシリアがセシリアであることを願っている。


 それが最も難しいことだと分かるからこそ、ハリエットたちはいつだって、自分たちなりの方法で守るために戦い続けるのだ。

 ルイザも笑って「いつまででもお待ちいたします」と頷いた。


「迎えてくれる場所があって、帰れる場所があって。待っていてくれる人がいて、共にいてくれる人がいて。私は……幸せ者ね」


 くしゃりと、今にも泣きそうにセシリアの顔が歪んだ。何かを飲み込むように喉を鳴らし俯くと、ぎゅっと目を閉じ大きく息を吸った。そうしてセシリアはゆっくりと息を吐くと顔を上げ、強い瞳で笑った。


「さぁ、帰りましょう!」


 ハリエットとルイザは「はい」と笑って頷いた。


 何度か先を行く馬車がぬかるみにはまるトラブルはあったが大きな問題にはならず予定通り視察を挟みながら進んだ。昨日の豪雨で農作物に多少の影響はあったようだが問題の無い範囲だという。

 途中の牧草地帯では何事も無かったように牛たちが草を食み、今年生まれたという仔馬も見ることができた。何頭かは体格も良く、このまま順調に育てば軍馬になるのだと教えてもらった。


「まぁ、まぁ、まぁ!なんて可愛いの!」


 セシリアが「触っても良いかしら?」と農場主に確認し、ドレスの裾が汚れるのも構わず仔馬たちに歩み寄り目をきらきらさせながら話しかけていた。良く知らない、初めて見る服装の人間が大勢来たことで初めはおどおどとしていた仔馬たちも、慣れてくるとぶるるん!と鼻を鳴らしながらセシリアに撫でさせていた。


「ああ…ドレスの裾が…」


 嘆くルイザにハリエットは「馬車の床に布を敷いてきますね」と笑った。「セシリア様の動物好きは考慮に入れたつもりだったのに足りなかったわ…!」とエイプリルがリビーを連れて衣装を積んだ馬車へ優雅に急ぐのが見えた。次の移動はまず、馬車の中で着替えをしてからになるだろう。


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