25.七日目 ~ 幸運のお守り
皆が席につき紅茶がいきわたったことを確認すると、セシリアが話し始めた。
「私ね、あの人は我慢できずに三日と待たずに追いかけてくると思っていたのよ。まぁ…そんなことをしたら口を利かない期間が延びるだけだったのだけどね」
ふふふと笑い、セシリアはまたハリエットの手紙を手に取った。
「七日、あの人は耐えたわ。手紙はずっと届いていたけれど、私からの返事が無くてもあの人はこちらに来ずに耐えきった。だからね、せめて『今から帰る』くらいは知らせてあげようと思うわ」
ふふふ、と笑う王妃殿下の表情はとても優しい。きっと今日こそは陛下の面影をはっきりと思い出しているはずだ。
「今回の旅程、私は絶対にあの人は許さないと思ったの」
レオミンスター寺院とウェリングバロー。どちらもセシリアにとっては大切な場所であり、同時に国王陛下にとっては不安を思い起こさせる場所だ。もしかしたらセシリアは二度と帰ってこないかもしれない、そう、思ってしまいかねないほどの。
「なのにあの人は許した。たとえ短期間だとしても、よ。以前のあの人なら絶対に許そうとはしなかった…」
セシリアは目を閉じた。微笑んでいるのに、なぜかハリエットにはセシリアが今にも泣いてしまいそうに見えた。大きく息を吸い、そしてゆっくりと吐くとセシリアは目を開け、目元を染めて微笑んだ。
「不思議ね、とても懐かしくて慕わしい場所をめぐっているのに。どうしてかしら、もうそろそろ帰りたいわ」
ふふふ、と笑うセシリアを、誰もが優しい微笑みで見つめていた。リビーにいたっては「セシリア様…」と頬を染めて涙を浮かべている。若いというのは微笑ましいなと、ハリエットは思った。
「さて!」
セシリアが唐突にぱちんっと手を叩くと、先ほどまでの愛らしい笑顔はどこへやったのか、にやりとなんとも悪そうな顔で笑った。
「ねぇ、ハリエット。その封筒に、赤い髪に緑の目の女の子と一緒に摘んだクローバーのお礼が入っているのではなくて?」
うふふふふ、と楽しそうに笑うセシリアに「あら、そうでしたね」とルイザが笑顔で便乗する。「え、プレゼントですか!?」とリビーがまた瞳をきらめかせた。
「え、何か入って…ましたっけ…?」
かさりと少し重量のある封筒を開けると、残念ながら小さな袋が入っていた。今回は箱や缶では無かったので見逃したようだ。封筒も湿っていたため多少重くても気にしていなかったのだ。油断した。
「あー、入っていました…」
ハリエットが目を泳がせながら小さな袋を出すと、五人の目が更に輝いた。
「あらあら、何かしら?」
今すぐ開けろとセシリアの目が言っていた。色々犠牲にはしたがセシリアに手紙を書いてもらうという最大の難関をあっさりと突破するための礎となったのだ。ハリエットは諦めて袋を手の上でそっとひっくり返した。
ころん、と出てきたのは小さな黒い猫のチャーム。その目は赤と、緑だった。
「うわぁ、可愛いですね!」
固まった六人の中で最初に声を上げたのはリビーだった。ダレルをあまり覚えていないのか、その毛色と目には触れなかった。
「これはまた…なかなかですね?」
「そうね、なかなかだわ」
「これを手紙が来てすぐに用意したの…?」
その色に気づいた先輩侍女三人は何とも言えない表情をしている。口元だけはにやついているが。
「あら当然よ。手を握り合うような仲なのよ?それくらいしてくれないと困るわ」
「握り合うってなんですか!?」
「あら、抱擁する仲だったかしら?」
「なぜそうなるのです!?」
ハリエットが真っ赤になり涙目で訴えると、セシリアがこともなげに言った。
「あら、だって赤い苺飴が落ちたのでしょう?あなたが『祝福』したから」
「そんな偶然で判断しないでください!手なんて握った覚えは………あれ?」
握った覚えなんかない!そう言おうと思ったが、思い返せば一度だけ手を握ったことがあった。あの日、恋文を送って欲しいと頼まれた日、ふたりが共闘を誓い合ったあの日にがっちりと握手をした記憶があった。
「ほら、やっぱりあるんじゃないの」
セシリアがころころと大変楽しそうに笑った。
「違います!手を握り合ったのではなく握手をしたのです!!」
「握手でこの猫ですか…?」
「黒に緑と、赤の目の…?」
「ですから!それは何が何だか…!」
外の嵐は相変わらず治まるところを知らなかったが、大公殿下から遅い昼食の誘いがあるまでセシリアの部屋は大変華やかな笑いと声で溢れていた。
昼食の後、少しの休憩を挟み領主たちとの会談は予定通り行われることになった。嵐はいまだ止まないが、領主たちは前日からすでにウェリングバローに入っており、直接セシリアに話を通すことのできるこの機会を逃すわけにはいかないと城の表玄関ギリギリに馬車を着けることで何とか入城したらしい。
「お土産に、いい結果を持って帰らなくてはね」
セシリアはそう笑って大公殿下にエスコートされ会議室へ入っていった。会談が行われる間はハリエットたちは自由時間となる。残念ながら嵐のせいで町へ出ることは叶わないので、ハリエットたちは残された書類の清書や手紙の返信の代筆、明日の移動に向けての準備などをして待つことになった。
「ハリエット、こちらは十分に人手が足りているから先に手紙のお返事を書いてしまいなさい」
「いえ、時間もありますし先にこちらを仕上げてしまいます」
にこりと笑うルイザにハリエットも抵抗したが、「猫のお礼もちゃんと書くのですよ」と言われ撃沈した。遠い目をしつつ後ろを振り向くと、他の三人もうんうんと頷いている。
「何を書けば良いのでしょうか…?」
「そのまま書けば良いんじゃないでしょうか!」
「何を…?」
「ふたりの色で嬉しいって!!」
きらきらの視線で手を胸の前で組みリビーがとんでもないことを言った。ぶはっと、どこかから噴き出す声が聞こえたが、まさか王妃殿下付き侍女が思い切り噴き出すなどありえないはずだ。きっと。
「リビーはロマンチストね…?」
ハリエットが言うと、「ロマンチストなのはストークス様だと思います!!」とリビーが大変良い笑顔で言った。ぶふっとまた違う方から噴き出す音が聞こえたが、ハリエットは苦虫を嚙み潰したような顔で黙殺した。
これ以上リビーと会話をするとせっかくの清書が清書ではなくなってしまいそうなので、「書いてきます…」と肩を落とすとハリエットは諦めて手紙を書きに隣室へ籠ることにした。




