92.母の決定
「……母上?」
母は見上げるフレデリックをじっと見つめ、それからゆっくりとひとつ瞬きをすると叔父に視線を移した。
「状況は、理解しました」
頷いた母が口元にだけ微笑を浮かべた王妃の顔になり、叔父の表情がまたぐっと引き締まった。
「グレアム・ブライ、ジャック・タイラー、ケネス・コーツの三名に関しては今回の件は不問とします」
「っ!」
とっさに叔父を見上げると、気づいた叔父ががきゅっと、ほんの少し目を細めて応えてくれた。
「咎めは無しですね?」
「無しよ」
確かめるように言った叔父に、母が淡々と頷いた。
フレデリックを見守ってくれた三人が咎められることは無い。それがどうしようもなく嬉しくて、けれど何とか表情には出さないように、フレデリックは震える喉で息をひとつ吸うとぐっと唇を引き結んだ耐えた。
「続いてリリアナ・エヴァレット、キース・リンドグレン」
母がちらりとフレデリックを見て一度言葉を止めた。
「ふたりはレナード・リンドグレンの近しい関係者であることから、詳細は知らされずとも何かがあったことは伝わるでしょう。そうなれば、ふたりが要らぬ責任を感じる可能性がありますから私から一筆書きます。うちの男どもがごめんなさいね、って」
「母上の一筆……」
「文句があって?」
「ありません!」
フレデリックは、思わず唇を引き結んだままぴしりと背筋を伸ばした。けれど保っていられず、そろりと叔父の顔を見た。
「……僕はこれからも、キースとエヴァレット嬢と、森に入れますか?」
「あいつら次第だな。詳細は話せないが確実に耳には入る」
「そう、なったら。きっとふたりは、自分を責めますよね……」
「かもな。リンドグレンとエヴァレットは森にも人にも誠実だからな」
「だから母上が、一筆書いてくださるのですね」
「そういうことだな」
叔父が軽く頷いた少しだけ口角を上げた。
罰が与えられるはずが、王妃の一筆に変わった。フレデリックが取りこぼしそうになっていた未来が、少しずつ繋がって行く。母が『要らぬ』責任と言ったことは瞬きひとつで忘れることにした。
「それと、レナード・リンドグレンとアイザック・スペンサー」
母の声が一段低くなった。はっとして背筋を伸ばし母を振り返ると、母はフレデリックを見つめ、ゆっくりと瞬きをしながら小さく息を吐いた。
「あなたの側近候補ふたりについては、私からは何もしないわ。罰しもしないし引き止めもしない。あなたが自分で何とかしなさいね、フレッド」
「母上……!」
母は何もしない。ふたりとも咎められることはない。心の底からほっとして、フレデリックの瞼がぐっと熱くなった。
「はい、母上」
フレデリックは俯くと、眦から零れ落ちそうになった雫を手の甲でぐっとぬぐい、もう一度顔を上げた。
「僕自身の言葉で、僕が話します」
フレデリックが大きく頷くと、母はほんのりと口角を上げて「そうね」と頷いてくれた。
「一応言っとくが、俺もお前の側近候補については何もしないぞ?」
横を見上げると、叔父がフレデリックを見下ろしていた。
「もちろんです、叔父上」
「………つってもまぁ、俺は、だがなぁ」
真っ直ぐに叔父を見て頷くと、叔父はすぐに困ったような笑いになり、肩をすくめてちらりと父の隣を見た。
それまで父の隣でただ静かに控えていた父の侍従が立ち上がり、フレデリックの横へ跪くと、胸に手を当てた。
「リンドグレン侯爵家からは殿下とご子息の意思で決めて良いとのお答えをちょうだいしております」
「え、どうして」
フレデリックは大きく目を見開いた。昨日、フレデリックが目覚めた時も母の部屋で食事をしたときも、この侍従は父の側にいなかった。いつ、話をしたのだろう。
「スペンサー侯爵家からも、辞退の意思はあるが辞退も継続も本人の意思を無視してまで推し進めるつもりはないとのお言葉をいただいております」
「っ、本当に?」
「はい。令息の意見を聞き、殿下と直接お話をしてその結果で考える、と」
父の侍従が目元を柔らかく細めて頷いた。
「話を、聞いてもらえるのか……?」
「はい。両家ともご子息のお怪我の具合もございますので数日は様子を見たいとの仰せです。スペンサー侯爵家はまずはスペンサー侯爵とのお話となりますが…」
「良い。もう二度と会えないかもしれないと思っていた。機会をもらえるなら、それで十分だ。あとは僕が頑張るだけだから」
フレデリックが力強く頷くと、父の侍従は綺麗な緑の瞳を細めてゆっくりと頷いた。
「離宮や関係者への根回しも済んでおります。陛下と殿下たちの冒険が公になることはございません。ご安心くださいませ」
落ち着いた静かな声と穏やかな微笑み。こうして改めて見ると、エメラルドの瞳とブルネットの髪が相まって、まるで静かに佇む大きな木を見ているような、そんな不思議な安心感がある。
「すまないが、あなたは……」
「ダレル・ストークスでございます」
父の侍従、ダレルはまた胸に手を置いて頭を下げた。




