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ある王宮の日常とささやかな非日常について(シリーズまとめ版)  作者: あいの あお
第八章 王子殿下の冒険と王家男子の事情について

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91.命の意味


 深く首を垂れたままの叔父の隣。フレデリックも叔父に負けないぐらいに腰を曲げて母へと一礼した。

 叔父がフレデリックをひとりの王族として扱ってくれたことが嬉しくて、けれどあまりに申し訳なくて。握ったままの手に力を籠めると、叔父もまた少しだけ強く握り返してくれた。


 どれくらいの時間をそうしていたのだろう。時おり高さの変わる水の流れる音だけが響く温室に、小さな小さな、母のため息がこぼれた。


「………質問しても?」


 母がぽつりと言った。


「どうぞ、王妃殿下」

「そうね…まずはふたりとも、顔を上げてちょうだい」


 静かな母の声に促されて顔を上げると、母は何かを考えるようにうっすらと目を細めて叔父を見つめている。叔父も真っすぐに、凛々しさを感じる表情で母を見つめ返している。


「私に、事前に報告しなかったのはなぜかしら?」


 母の若草の目が鋭くなった。

 叔父も、グレアムも、騎士団長たちも。皆が知っていたのに、誰も母に知らせようとしなかった。今更ながらにその事実の意味に気が付いて、フレデリックはごくりと唾液を飲み込んだ。


 恐る恐る隣を見上げると、ちらりとフレデリックを見た叔父がほんの少しだけ目を細め、くっと口角を上げた。


「言ったら行かせましたか?」

「護衛の一団が一緒なら行かせたわよ」

「それでは意味がございませんので」


 どこか好戦的に美しく微笑む叔父に、母がまた両手でこめかみを揉んだ。


「そう言うとは思ったけども……」


 母が目を閉じ、心なし斜めになってどこか諦めたように呟いた。

 そのままぐるりと首を回すと、片手を腰に、もう片方の手を額に当てて俯いた。


「そうね、そうよね。王家男子だものね。……知ってたわ」


 そうして軽く頭をふるりと横に振ると顔を上げ、母はこてりと首を傾げた。


「銀大蛇は私の食卓にも乗るのかしら?」


 母の亜麻色の髪が首の動きに合わせてふわりと揺れた。途端に横でがたりと椅子の鳴る音がして、視線を向けると父が困ったように眉を下げて俯いている。そろりと視線を戻すと、母は特に表情を変えることも無く、ただ事実を確認しているだけかのように淡々としている。


「私と陛下と王子の皿には乗ることが決定しております。うちの側近連中の皿にも乗ります。騎士団の食堂にも数量限定ですが出ます。王妃殿下と王女はお好みでどうぞ。割と美味いですよ」


 叔父の口角が更に楽しそうに弧を描いた。


「美味しいんですか……?」

「ああ、割といける。多少癖はあるが調理方法次第だな」

「お薬なんですよね?」

「薬にもなるってだけだな。体には良いぞ」

「体に……」


 日の光に美しく輝いていた姿を思い出してフレデリックはつい、視線を泳がせた。蛇と分かっていて、あの姿を覚えていて食べるのは少し勇気がいる。もちろん、残さず食べるつもりではあるが。


「あれ?美味しいって……」


 味を知っているということは、叔父はどこかで銀大蛇を食べたことがあるということだ。叔父はいったいいつ、どこで食べたのだろう。

 フレデリックが叔父に聞いてみようと顔を上げるのと同時に、母が「そう……」とため息交じりに呟いた。


「良いわ、私は一緒に食べます。夕食に出してちょうだい」


 母がちらりと侍女長に視線を向けると、侍女長は表情ひとつ変えずに軽く頷いた。


「ティーナには………まぁ、一応聞いてみましょう」

「え、ティーナもですか!?」

「一応ね。兄さまが冒険で捕ってきたと言えば……あの子は食べるわね、間違いなく」


 母が視線を斜め上に向けて少し遠い目になった。母の夕食の皿の上に乗ることになる銀大蛇ではなく間違いなくクリスティーナを思ってだろう。


「そうですね。ティーナはきっと、食べますね……」


 フレデリックも視線をほんの少しだけ俯けた。


「ティーナならきっと、僕が捕ったと言わなくても食べます。命だから、って言えば」

「………ああ、そうだな」


 叔父がくしゃりとフレデリックの頭を撫でた。


「叔父上」

「うん?」

「僕は全然、考えたことも無かったんです。僕の毎日の糧になっている肉も、魚も、植物も…みんなみんな命で、それを貰って生きてるんだ、なんて」

「そうか」


 叔父の声が、俯いたままのフレデリックの耳に静かに降ってくる。責める響きも馬鹿にする様子もない、静かな声だ。


「でも…たぶんティーナは、何も言われなくても分かってるんです。不思議なんですけど、ティーナはちゃんと命を知ってる。教えられなくても自然と感覚で知ってる。そんな、気がするんです」

「そうだな。お前の母上にそっくりだな」

「え?」


 驚いて顔を上げると、目が合った叔父がにやりと笑った。


「母上に?見た目だけではなく?」

「おう、間違いないぞ?」


 確かにこれほど表情が豊かな母は初めて見た。けれど、どうしても今の母とはうまく結びつかずにおずおずと母を見上げると、母はまたひとつため息を吐いて「仕方ないわね」と眉を下げて笑った。


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