90.責任のありか
胸に当てたこぶしに、とくりとくりとフレデリック自身の心臓の音が響いてくる。生き物の音だ。
フレデリックは目を閉じてひとつ深呼吸をすると、もう一度ゆっくりと叔父を見上げた。
「ん?どうした?」
目が合うと静かな濃紫の瞳が優し気に細められ、叔父が促すように頷いてくれる。何となくフレデリックが叔父の手を握ると、叔父もそっと握り返してくれた。
「叔父上。あの子は、どうなったんでしょう?」
「あの子?」
「はい、その…僕が死なせてしまった、銀大蛇です。本当は、僕たちが大切に守らなければいけなかった、僕が、死なせてしまった……」
フレデリックは口を何度かはくはくと動かし、視線を揺らすとまた叔父を見上げた。
「あの、ジャック卿とケネス卿が先に騎士団に戻って、騎士団が処理をしたんですよね?お墓を作るのも違うと思うんですけどでも、あの蛙の巣に残すのは……。悲しい、ではなくて。何て、言えば良いんだろう?でも何かが、違う気がして……」
フレデリックが言葉を探しながらじっと叔父の顔を見ていると、叔父が目を何度か瞬かせ、そうしてにんまりと、いたずらっぽく笑った。
「ああ、今日の夕食になるぞ」
「は!?ゆ!?」
フレデリックは握っていた叔父の手を思わず握りしめた。
「夕食って何ですか!?」
「カーティスの推薦だけあってケネス・コーツもジャック・タイラーも中々でな」
叔父は何かを思い出したように楽しそうに頷いた。
「ジャック・タイラーが戻った段階でケネス・コーツがすでに大量の氷を使用できる許可を得ていた。ジャック・タイラーも森の中を戻りがてらに荷車や人員を入れる経路を確認していたらしくてな?」
「こ、氷?荷車?経路??」
「おう。おかげで迅速に冷やして即座に持って帰って来られたんだよ。だからそれなりに気温があったが、大小どちらも幸い肝まで使える状態だった」
「き、も……?」
叔父はどこか嬉し気に「おう」と頷くと膝をつき、フレデリックと視線を合わせて言った。
「言ったろ?銀大蛇は全身が薬になるって。つまり食えるんだ。だから肉の一部は俺たちが食うんだよ」
「く、食う」
「そうだ。俺たちが俺たちの都合で奪う必要の無かったはずの命を奪った。だから、俺たちが責任持って食う……おかしいか?」
叔父がフレデリックの目を見つめたまま小さく首を傾げた。蛇を食べるなど考えたことも無かったのに、フレデリックの中の答えは驚くほど単純で明快だった。
「いえ、おかしくありません」
「おう」
叔父は嬉しそうに目を細めると、またぽんとフレデリックの頭を撫でて頷いた。
「残った肉と他の部分は皮から肝から骨から血液まで、使えるもんは全部使う。もらった命は絶対に無駄にはしねえ。分かるな?」
「はい!」
まっすぐにフレデリックを見つめる叔父の濃紫の瞳を、フレデリックも同じ濃紫の瞳でじっと見返した。
また言葉にならない、形にもならない何かが胸の奥に広がって、フレデリックはなぜだか泣きたくなった。
とても、大切なことに気が付いた気がしたのだ。それなのに、またそれが何なのかが分からない。分からないけれど、きっと決して忘れてはいけないことだ。銀大蛇のことも。
「忘れません、叔父上。僕は絶対、忘れません」
フレデリックが堪えるように唇を引き結んで頷くと、叔父はまたふっと目元を緩めた。「ああ、そうだな」ともう一度フレデリックの頭をぽんと軽く撫でると、叔父は立ち上がって後ろ手に手を組み、背筋を伸ばして真剣な表情で母へ向き直った。
「グレアム・ブライ、ジャック・タイラー、ケネス・コーツ。以上三名は私の名の下で私の命で動いておりました。よって彼らには個人として罰せられる理由がありません」
「っ!!」
フレデリックは目を見開いてひゅっと息を飲んだ。見上げても、叔父の目がフレデリックの方を向くことは無い。
「また、王家の谷及び銀の森の銀大蛇の生態に関しては第一級機密により事情を明かせず、かつ国王と王子に関する醜聞となりそこを伏せれば騎士団の警備体制の醜聞となります。処罰理由を周知できない以上リリアナ・エヴァレット、キース・リンドグレンに軽微とはいえ罰を下すことは実質不可能と判断いたします」
フレデリックが呆然と見つめる間に、ひとつ、ひとつ。フレデリックが何もできなかった罪と罰を、叔父が丁寧に覆していく。
「レナード・リンドグレン、アイザック・スペンサー両名は止めきれなかったとはいえ、王子の証言にもあった通り状況を判断し適切な諫言を行っております。また、幼いながらに自らの主君を守ろうとしたその行動には目を瞠るものがあります」
フレデリックが震える指先で叔父の手をきゅっと握れば、叔父もぎゅっと、握り返してくれた。
叔父の手の温かさが、叔父に守られているのだと教えてくれる。それだけで頑張れる気がして、フレデリックも背筋を伸ばした。
叔父の隣で母を見上げると、少しの間をおいて、「何より」と叔父の低い声がゆっくりと響いた。
「本来制止するべき大人である私が認知しながら止めなかった以上、本件の責は私ライオネルと、王子フレデリックの二名に帰結するものと、王妃殿下に謹んで申し上げます」
言い切ると、叔父は胸に手を当てて、無表情のまま真っ直ぐにフレデリックたちを見つめる母へ丁寧に一礼した。




