89.銀の森の主
二十六メートルと、十三メートルの銀大蛇。
母と伯父は淡々と『対処』の話をしている。叔父も、ジェサイアも、ベンジャミンも、それからジャックも。きっと大人たちは誰もがあの森で、淡々とやるべきことをやっていた。フレデリックは、短剣を握ることすらできなかったのに。
「レナード、アイザック……」
ぎゅっと、フレデリックはこぶしを握った。
フレデリック自身の不甲斐なさを思えば思うほど、あんな中でもフレデリックを守ろうと動いてくれていたふたりを思い出してしまう。ふるりと唇が震えてしまい、フレデリックは飲み込むようにゆっくりと目を閉じて俯いた。
「銀大蛇二体の討伐後はジャック・タイラーを先行させ、王宮に戻り各騎士団長に第一級機密扱いで事後処理を命じ、その後は王子たち三人と陛下を保護して王宮に帰還いたしました」
「その後の対処は今のところ、私が知るとおりね?」
「はい」
終わりの気配にフレデリックが顔を上げると、頷いた父に母が「そう……」とため息交じりで呟いた。母が視線を父に移してしばらく見つめ、唐突にぎっと半目になった。
「…………ウィル」
「うん」
「またしばらく外出禁止」
「はい………」
母の口からいつもよりも一段低い声が出て、少しずつ伸びかけていた父の背がまたぐっと小さく丸まった。
「あの」
「なあに、フレッド」
「父上が王宮から出ないのは父上が出たくないのではなくて、もしかして…」
「出ると何をするか分からないから目が届かないときは禁止しているのよ、私が」
「ああ……そういう……」
フレデリックはちらりと父を見て、それから何も言えずに視線を逸らした。
「てっきり僕は、父上が外に出たく無いせいで視察にも出ず社交もせずにいるのだとばかり……」
「それも無くは無いわよ。でも社交も視察も無理やりでも行かせられるわ。問題は、何をしでかすか、よ」
「そう、ですか……」
「ごめんね、フレッド」
何にかは分からないが父がちらりとフレデリックを見て眉を下げた。何とも悲し気な父に「仕方ないですね」などとは間違っても言えないが、かと言って庇うこともできそうにない。
「えっと、はい」
それ以上何も言えずにフレデリックが言葉を探していると、叔父が「んんっ」と軽く咳払いをした
「続けるぞ」
「あ、はい!」
「仕留めた銀大蛇は二十六メートルの大型と十三メートルの二体。大型は銀の森で保護対象となっていた個体の一体と判断されます。推定五十歳前後の雌で、銀の森の主の伴侶になり得る個体だったかと思われます」
「銀の森……川の向こうのですか?」
「ああ、そうだよ。王家の谷が蛙池になってからはな、時期になると銀の森から川を渡って捕食に来てたんだよ。で、銀の森に戻って繁殖する」
離宮の森は川で分断されているがその向こう、王都の東側のかなりの範囲をおおっている、銀の森と呼ばれる広大な森とつながっている。
「銀の森の主って、『王大蛇』ですか?」
「それはただの伝説だな。確認されている最大級の銀大蛇は銀の森では主と呼ばれる三十メートル級だ。王大蛇は六十メートルあったとされてるからな」
「二十六メートルでも大きいのに、二倍以上……?」
「そうなるな。でもまぁ、蛇は実際の長さよりかなりでかく見えるから伝説の蛇も実際は三十メートル級だった可能性もあるな」
フレデリックたちが対峙した銀大蛇より二倍以上大きい王大蛇。想像もできない大きさだが、それはもう普通に森には住めない大きさな気がする。
森の木々の上からひょっこり銀の頭が出てしまっている様子を想像して少し可愛いと思ってしまい、フレデリックはぶんぶんと頭を強く横に振った。
「あの、叔父上。保護対象…って?」
「ああ。あのな、銀大蛇はその全身が薬になる。しかも性格が大人しいし毒も無いからな、乱獲された歴史があるんだよ。元々の生息地では絶滅したところもある」
「絶滅……もしかして、人のせい、ですか?」
「そうだな、そんな自然の摂理に反することをするのは人間だけだ」
フレデリックはこぶしをぎゅっと握りしめた。
「そんな……有用だからって、人間のために搾取するなんて、そんな……」
全身が薬になるのはありがたい。だからと言って人間の豊かな暮らしのために、『生きられない』ほどに他の生き物から搾取するのは、絶対に違う。
フレデリックが何を言えば良いのか分からず俯くと、ぽん、と叔父の大きな手がフレデリックの頭にのせられた。
「だから、な。王家の目の届く銀の森では、ある一定以上大きくなった個体は保護対象になってるんだよ。ちょうどいい餌場もあるしな」
「それが、保護対象」
「ああ。あの場所は禁止区域や危険区域というより保護区域なんだよ。密猟に入るやつが出ないように餌場の場所を伏せるためのな」
「保護、区域……」
保護して、守るための場所。フレデリックのご先祖たちが、搾取し続けるのではなく、保護し守ろうと考えることができる人たちであった、証。
「良かった……」
じわじわと温かくなる胸の奥で、ふと、何かが引っかかった。
「何だろう……?」
考えても何なのかは分からない。けれどとても大切なことのような気がして、フレデリックは握ったこぶしをそっと、確かめるように自分の胸元に当てた。




