88.討伐の裏側
フレデリックがまたつい、と腕を引くと、叔父が「どうした?」と振り向いた。
「叔父上、昨日のお話、本当だったんですね……?」
「何だ、嘘だと思ったか?」
「いえ、叔父上たちならもしかしたらとは思いました」
「ちょっと誇張したり誤魔化したりした部分はあるが、おおむね本当だな」
軽い調子でにっと笑った叔父に、母がまた両手でこめかみを揉んでいる。
「まさか、ウィルの蛙嫌いって…?」
「あー、たぶん、な?」
苦笑いをした叔父を見て、父を見て、母を見て。フレデリックはまた叔父を見て首を傾げた。
「もしもティーナが、暴食蛙に、呑まれたら…?」
父の色をした、母にそっくりのクリスティーナ。もしもフレデリックの目の前でクリスティーナが呑まれたなら…。
胸の中央がどろりと黒に染められた気がして、フレデリックはぐっと眉間にしわを寄せた。想像だけでも王家の谷を埋めてしまいたくなる。
確かに目の前で大切な弟が蛙に吞まれたのを見たら、嫌いを通り越して恐怖になるのも分かるかもしれない。
「はああああ………」
思わず身震いしたくなるほど大きなため息が母がの口から漏れた。
「よくある話だろ?」
「あるわけないでしょう」
はっとして顔を上げれば、笑って肩をすくめた叔父に母が心底嫌そうに眉間を寄せている。
困った顔、嫌そうな顔、苦悩するような顔。フレデリックはこんなにも表情が豊かな母を、初めて見た。明るい顔がひとつも無いのが残念ではあるのだが。
「母上は、こんな風に怒るんですね……」
フレデリックがほんの少しいつもより早くなった鼓動に目を瞬かせていると、叔父がちらりとフレデリックに視線を向け、苦笑いをした。
「いつものは全然怒ってないって分かっただろ?」
「えっと……たぶん?」
「いつもだってちゃんと怒ってるわよ」
「う、ごめん、セシリア」
「う、すいません、母上」
「何なのよ、もう……」
父はしょんぼりと肩を落とし、母は片手で目をおおって斜めになり、フレデリックはきゅっと肩をすくめて。三人で同時にため息を吐いたのを見て、叔父が「そっくりだな」と楽しそうに笑った。
そうして、叔父はまた背筋を伸ばし、後ろ手に手を組んで母に向き直った。
「まぁ、ともかく、だ」
見上げると、真剣な表情を作ろうとして失敗したのか、ほんのりと叔父の口元に笑みが浮かんでいるように見える。そんな叔父も今のフレデリックにとってはとても格好が良い。
「そんなこんなで、我々が目を離した隙に殺気から逃れた銀大蛇が王子に対して威嚇を行い、リンドグレン侯爵令息がとっさに立ち向かい、怪我を負うに至りました」
「そう。どうして銀大蛇は他のふたりではなくフレッドに執着したのかしら?」
「推測にはなりますが、王子が銀大蛇の視界の中で『最も大きく動いていたから』だと思われます」
「目が悪いのではなかったの?」
「悪い上に視界が狭い。前方しか見えません。だからこそ、王子から離れていた他のふたりが目に入らなかったのでしょう。王子のことは一度捕捉していますので、見失わない限りは認識できた、と考えられます。においも、覚えたのかと」
母が詰めていた息を吐くように「なるほど、ね」と呟いた。
フレデリックも内心で『なるほど』と呟いた。王家の血にでも反応しているのだろうかと思っていたが、そうでは無いことに少しだけほっとした。
「それで?」
「はい。もう一匹に対応していたジャック・タイラー以外の三人が再度出ようとしたところ、陛下が混乱したまま飛び出そうとしました。私が制止しましたが、結局振り切って飛び出し王子を庇いました」
「庇った、のね?」
「はい。庇いました」
「そう………」
何かを考えるように、母が目を閉じた。叔父もじっと、何も言わずに母を見つめている。父だけが何かに戸惑うように視線を泳がせ、それからまたゆっくりと視線を下に俯けた。
不思議に思ってフレデリックが叔父の手を引こうと思ったとき、母がすっと目を開いた。
「続きを」
「はい。王子と陛下を認識しただろう時点で銀大蛇との衝突回避は不可能と判断し、ベンジャミン・フェネリーがクロスボウで蛇の目を射て、顔が上がったところで私とジェサイア・オルムステッドで仕留めました」
「もう一匹は?」
「もう一匹は、我々が大型に対処している間はジャック・タイラーが引き付け、大型沈黙後にジャック・タイラーとジェサイア・オルムステッドで対処しました」
「正しい人選だった、ってことね」
「カーティス・ラトリッジの目は確かですよ」
カーティス・ラトリッジ。ジャックとケネスを選んでフレデリックたちにつけてくれた騎士。先ほど叔父は第一騎士団団長補佐と呼んでいた。
フレデリックが信じると決めた叔父が、信じる騎士。フレデリックはカーティス・ラトリッジの名前をしっかりと脳裏に刻むように、口の中で小さく呟いた。
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