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ある王宮の日常とささやかな非日常について(シリーズまとめ版)  作者: あいの あお
第八章 王子殿下の冒険と王家男子の事情について

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86.討伐対象


 母に睨まれた叔父は「そんなもんだぞ」とへらりと笑ってまた視線を逸らした。

 結局フレデリックには殺気というものがよく分からないが、どちらにしろ、間違いなくあの時の銀大蛇は怯んでいたし意識が逸れていた。


「じゃあもし、銀大蛇の意識が逸れた時に僕らが刺激せず逃げていれば…?」

「あー……まぁ、あの時点で一目散に逃げてりゃ何もなかっただろうけどな。俺もそのつもりで動いたしな」


 きまり悪そうにまた首の後ろを撫でた叔父がちらりと母に視線を向けてすぐにフレデリックを見た。


「そもそも、でかかろうと何だろうと銀大蛇があそこまで寄ってくることが普通は無いんだよ」

「じゃあ何で……」

「お前ら、暴食蛙グラトニーフロッグの粘液のせいでにおいが蛙まじりになってたからなぁ…」

「えっと、つまり?」


 叔父の言いたいことが分からずフレデリックが眉をひそめると、叔父が「ん-」と斜め上を向きながら唸った。


「蛇ってのはさ、目が悪いんだよ。でかい木とか岩の側でじっとしてたら見つからないくらいにな」

「え、じゃあどうやって見分けてるんですか?」

「舌出してただろ?あれな、口の中ににおいを感知する場所があるんだよ。だから舌でにおいを集めて判断するんだよ」

「あ、してました、ちろちろ」

「だろ?お前らは蛙のにおいがするのに動きが違うしにおいも完全に蛙じゃねえから銀大蛇も興味を示したんだろうなぁ」

「そう、なんですか……」


 フレデリックが全く知らないことを当たり前のように教えてくれる叔父を、フレデリックは呆然と見つめた。実は常識でフレデリックが無知なのでは?と思ったが、母が「あら、そうなのね?」と目を瞬かせたのを見て、何となくほっとした。


「ああ、そうだよ。あれで万が一食えると判断されてたらお前はそのまま呑まれたんだろうな、蛙として」

「か、蛙として……」


 確かにあの時のフレデリックは粘液でべとべとで砂にまみれて人らしくなかったかもしれない。それでも、だ。

 

「ひょろっとした蛙として食べられるのは、嫌です、何かが、物凄く……」


 餌になる恐怖とは違うやるせなさに顔を引きつらせたフレデリックに、叔父が「おう」とにっと笑った。


「しかもな?蛙とお前らは味が違う。飲みこめば蛙とにおいが明確に違うことも分かっただろうな。万が一お前らが食われてたらあの銀大蛇は人間のにおいを餌として覚えたはずだ。そうなれば、話がもっと大きくなる」

「人間のにおいを?」

「そうだよ。銀大蛇の十メートル級以上は甚大な家畜被害を起こしかねないからな、通常でも森の外に出た場合は第二級討伐対象、繁殖期の雌は第一級討伐対象だ」

「だ、第一級!?」


 とっさに母を振り向くと、母も静かに首を縦に振った。

 どちらもほとんどの場合各領の騎士団と派遣された第二騎士団が討伐をする。第二級討伐対象は可能なら殺さない方法を選ぶが、第一級討伐対象の場合は即、討伐になる。


「そうだよ。ましてや人の味を覚えた三十メートル級なんざ、特級討伐対象だろうな。鱗が硬くて剣は通らないわ動きが速くて捕えにくいわ、万が一巻きつかれて締められなんてしたらあっさり骨が砕けるわ…ある種の災害だな」


 楽し気に話す叔父にフレデリックの背筋がぞわり総毛立った。

 特級討伐対象とはつまり、可能な限り迅速に、国庫を開いてでも討伐する対象、という扱いになる。それほどまでに危険、ということだ。


「あの、もしかして、それはつまり、僕たちが巻きつかれて、骨を砕かれる未来も……?」

「まぁ、餌だと判断されればあったかもしれないな。丸呑みできる大きさだから暴れなきゃそのままぺろりだろうがな」

「ぺ…ぺろり……」


 ふと、フレデリックの中で何かが引っかかった。あの時あの場で剣を持って立っていたのは叔父とジェサイアと、ベンジャミンだけ。動きが止まっていたとはいえ相手は()()()()()()ほど硬い鱗を持つ、三十メートル級の銀大蛇。


「ん?三十メートル級………?」

「あの銀大蛇な、伸ばすと二十六メートルあったらしい。通常よく見るのは大きいやつでも十五メートル程度なんだが、あそこは餌が豊富だからなぁ……」

「二十六メートル」


 あまりの衝撃に、フレデリックの中に湧いていた疑問が一気に吹き飛んだ。


「な、長すぎてよく分かりません…」

「だろうなぁ。少なくとも、この温室では飼えねえな」

「か、飼う……?」


 フレデリックはぐるりと温室を見回した。この第三温室は母の温室の中では小さいが、それでもフレデリックの部屋がふたつは余裕で入りそうな広さがある。


「尻尾が、森から出てなかったんです。こっちに来た時にも」

「ああ、確かにな、蛙池の片側は二十メートルくらいだったか」

「ひと口で、僕が吞まれそうでした」

「実際にはふた口くらいだと思うぞ。まぁ、一回、二回上を向いて流し込めば噛まずに呑めるくらいだな」

「う……」


 思わず想像してしまいフレデリックが顔を引きつらせていると、ため息とともに母が声を上げた。


「ちょっと、そこまでよ」

「お」

「あ」


 叔父がぴたりと動きを止め、フレデリックもぴしりと固まった。


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