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ある王宮の日常とささやかな非日常について(シリーズまとめ版)  作者: あいの あお
第八章 王子殿下の冒険と王家男子の事情について

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85.ぎりぎり


 叔父が驚いたようにぴくりと肩を揺らし、フレデリックを見下ろした。


「ん?どうした?」

「叔父上、()()()()……ですか?」

「おう、ぎりぎりだな?」


 不思議そうに首を傾げた叔父に、フレデリックは眉を下げた。そういえば先ほど叔父は生命や欠損の危機がない限りと言っていた。


「叔父上の、ぎりぎりって、何でしょう?」


 フレデリックはまたあの赤い色を思い出し、叔父の手を握ったままでふるりと体を震わせた。


「僕、銀大蛇シルバーパイソンが大きく口を開けたとき、本当に、死ぬかと……」


 呑まれる寸前は叔父にとってはぎりぎり問題ない範疇なのだろうかと叔父を見上げると、叔父が「ああ」と何かに納得したように頷いた。


「あれじゃ死なねえよ」

「……あれ、ですか?」

「おう。あの銀大蛇は最初は見慣れない形とにおいのお前らに興味を示してただけだ。すぐに食う気は無かったんだよ」

「え、でも大きな口を開けて……」

「ありゃ、怒らせたんだよ。だから本気でぎりぎりの威嚇を仕掛けてきた」

「威嚇?あれも威嚇ですか?」


 フレデリックが愕然として口をぱかりと開くと、叔父が苦笑して「そうだな」とフレデリックが握っていない方の手でフレデリックの額をぽん、と撫でた。思わず目を閉じると、叔父が小さく息を吐いた。


「ただまぁ、あそこまで怒らせちまうと逃げても追って来ただろうし、下手すりゃ威嚇で終わらず攻撃される可能性が高かったからな。陛下もいたし、殺すしかなかった」

「…叔父上?」


 叔父の声に影が差した気がしてじっと叔父を見つめると、叔父は何も言わず、フレデリックを見て曖昧に微笑んだ。


 その視線に、ふと銀大蛇の亡骸の前で跪き、額に手を添え祈るように頭を垂れた叔父の姿を思い出した。

 そうしてレナードの言葉を思い出し、フレデリックは唐突に気が付いた。

 

「あ」

「お?」

「僕のせい、なんですね、それも……」

「ん?」


 フレデリックが呆然と呟くと、叔父が不思議そうに首を傾げた。


「僕が彼らの住処に立ち入ったから、彼は攻撃するしか無くて……。僕が無暗に立ち入らなければ、彼が死ぬことも、叔父上が殺さなきゃいけないことも、無かった……」


 レナードが言っていた。『そもそも巣に近づかなければ問題ない』と、『フレデリックたちが森に邪魔をしている側』なのだ、と。

 小さく唇を噛みしめたフレデリックを見て、叔父が失敗したという顔で首の後ろを撫でて視線を逸らした。


「あー………彼女な、一応」


 しばらく遠くを見ながら視線を彷徨わせた後、観念したようにため息を吐くと叔父は肩を竦めてため息を吐いた。


「彼女、って…叔父上は蛇の性別も分かるのですか!?」

「いや、この時期は銀大蛇の繁殖期なんだよ。繁殖期の雄は絶食する。逆に雌は子を産むために山ほど食うんだ。銀大蛇からすればあの蛙池は安全に労せず栄養満点の食事ができる良い食堂みたいなもんなんだよ」

「しょ、食堂……?」

「ああ。繁殖期の雌も気が荒い。銀大蛇は大人しいし気弱だから本来ならちょっと脅せば逃げ去るんだが…あいつはでかかったし時期も悪かったしで、戦うことを、選んじまったんだろうなぁ」


 叔父は何かを思い出すように視線を少し俯け、また首の後ろを撫でて困ったように笑った。


「つまり、僕たちが王家の谷に行かなければ………行ったとしても別の時期だったなら、銀大蛇には出会わなかったかもしれないし、出会っても逃げてくれたかもしれなかった。そういう、ことですよね?」

「まあ、そうだな。お互いにとってとんでもなく間の悪い日だった、ってこと、だろうなぁ」


 森から現れた時、銀大蛇はただただ蛙たちを追い掛けて捕食していた。本当だったらあのまま沢山食べて、住処に戻って、卵を産むこともできたのかもしれない。


「脅かすだけで、本当は良かったんですね」


 フレデリックたちの方へ来る途中、ぴたりと動きを止め森を見て怯えるように身を低くした銀大蛇を思い出す。きっと本来は叔父の言う通りとても気弱な生き物なのだろう。


「あれ?」


 思い返せば、あの時の銀大蛇は間違いなくフレデリックたちから意識が逸れていた。伺うように森の中をじっと見据えて。


「あの、脅しって………あの蛇が森を気にしていたのは、もしかして?」

「ああ、俺とジェサイアが殺気飛ばしたからだな」


 当たり前のように頷いた叔父に、フレデリックの口元が引きつった。


「あの、殺気って……?僕は何も感じなかったんですが」


 フレデリックが鈍いのか、それとも叔父とジェサイアが上手く蛇にだけ殺気を飛ばしたのか。フレデリックが視線を泳がせると、叔父が「ああ」と肩を竦めた。


「殺気っつっても、そう呼んでるだけで別に何か特別なことじゃねぇよ。こっちに無理やり意識を向けさせてガン飛ばしてた、くらいに思っとけ」

「ガン、飛ばす……」

「あー、だいぶ強めに睨んだ、くらいだな」


 ぎろりと母に睨まれて、叔父が視線を逸らして言い直した。


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