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ある王宮の日常とささやかな非日常について(シリーズまとめ版)  作者: あいの あお
第八章 王子殿下の冒険と王家男子の事情について

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82.冒険の裏側


「うんまぁ、上出来なんじゃねえの?この年にしてはさ」


 叔父は母を見て肩をすくめると、もたれていた椅子からひょいと立ち上がった。


「叔父上……?」

「おう」


 目をぱちぱちと瞬きながら叔父を目で追っていると、叔父はゆっくりとした足取りでフレデリックの隣に並び、ぼすんっと大きな手をフレデリックの頭に置いた。


「おっ、叔父上?」


 にやりと、叔父が笑った。頭に乗せられた叔父の手がぐしゃぐしゃと、フレデリックの頭が揺れるほど乱暴に撫でる。


「っ!」


 例えようもない感覚がじわりと体中に広がって、恐怖も震えもまるで溶けていくようにフレデリックの胸が熱くなっていく。叔父の声が、手の重さが、温もりが。どれもが目元に直撃したように、一気に涙が浮き上がった。


「……叔父上……痛い、です……」

「おう、そうだな」


 フレデリックは俯いて唇をぎゅっと噛んだ。口を開けば涙がこぼれそうで、そんな自分がやっぱり情けなくて。フレデリックはせめて泣くまいと、必死で涙を飲みこんだ。


「レオ……甘いのよあなた」


 頭上で、ため息とともに母の呆れたような声がした。

 叔父の手がぽん、と最後にフレデリックの頭を軽く撫でて、ゆっくりと離れていく。


「そうだな、俺は甘いな」


 笑い交じりの声に顔を上げれば、叔父はきゅっとフレデリックに濃紫の瞳を細めて母に顔だけを向けた。


「だが、俺たちも散々甘やかされただろ?」

「それはそうだけど……」


 笑いながら肩を竦めた叔父に、母が「それでも、よ」と不機嫌そうに眉間にしわを寄せた。

 かたりと小さな音がして振り向くと、それまでずっと黙ってやり取りを見守っていた父がじっと叔父を見上げていた。


「レオ……」


 父がどこか不安そうに、瞳を揺らしながら眉を下げた。叔父はちらりと父へ視線を向けると、腰に手を当てフレデリックを見た。


「さて、と。甘々だけど、な」


 叔父は首元に手を当てて伸ばすように左右に倒し、肩をひとつくるりと回してにやりと笑った。


「フレデリックなりに考えて頑張った結果だからな。約束通り、助けてやるよ」

「叔父上」


 目を丸くしたフレデリックにまたきゅっと目を細めると、叔父は真顔になってくるりと父の方を向いた。

 

「言っときますが、今回は兄上のためじゃありませんからね?兄上の良いようにはしませんよ?」

「う、分かってる。レオ、頼むね……」


 しょんぼりと肩を下げた父に「はいはい」と笑った叔父が母の方を体ごと振り向き、背筋を正して後ろ手に手を組んだ。


 ゆっくりと、叔父の濃紫の目が閉じていく。


 深い呼吸をひとつ。目を開けた叔父は、初めて見る人かと思うほどまとう空気すら違う。まるで騎士のようだと、フレデリックはごくりと、口に溜まった唾液を飲み込んだ。


「王妃殿下に、王弟ライオネルがご報告申し上げる」


 しんと静まり返った温室に、いつもより少し低い叔父の声がはっきりと響き渡った。


「此度の件、以前より第一王子フレデリックの侍従グレアム・ブライからは報告が上がっており、逐次報告の上様子を見るようにとグレアム・ブライに命じておりました」

「えっ!?」


 フレデリックはぎょっと目を見開いて叔父を振り仰いだ。まっすぐに母を見たまま叔父は視線を全く動かそうとしない。

 叔父がフレデリックと視線を合わせようとしてくれなければ、フレデリックは叔父の表情をうかがうことすらできないのだと初めて知った。


「図書館での貸し出し履歴等から王子が何らかの形で王家の谷について知り、興味を持っていることも早い段階から判明しておりました」


 叔父の首元を見上げながらフレデリックは呆然とした。いつから叔父は知っていたのだろう。いつの間にグレアムは気付き、叔父に報告していたのだろう。


「春の段階で王子がキース・リンドグレンとリリアナ・エヴァレットと共に森に入ったことで侵入の意志があると判断。事前に下見に行かせたグレアム・ブライにより立ち入り禁止区域の柵に異常があることは確認済みでしたがそのまま放置するように指示をしています」


 フレデリックは叔父を見上げつつ遠い目になった。

 フレデリックたちの行動あっさりと予測されていた。グレアムは下見にまで行ってくれていた。フレデリックの知らぬところで、フレデリックたちはしっかりと守られていたのだ。


「リリアナ・エヴァレットからの手紙を期に、王子が二度目の離宮訪問をグレアムに依頼。その時点で王子が実際に動くであろう予測のもと、行動を開始しました」


 裏切られた、という思いは不思議と沸かない。それより何より、さすが大人だと、フレデリックはなぜだかとてもほっとした。


「待ってちょうだい」


 組んでいた腕をほどき、右手をすっと上げて静止した母を振り仰ぐと、母は頭痛をこらえるように目を閉じて眉を寄せ、ため息を吐きつつそのまま右手でこめかみを揉んだ。


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