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ある王宮の日常とささやかな非日常について(シリーズまとめ版)  作者: あいの あお
第八章 王子殿下の冒険と王家男子の事情について

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81.それでもどうしようもない時は


 どうしてフレデリックは、言っても無駄だなどと思っていたのだろう。どうして、聞いても無駄だなどと思っていたのだろう。

 サラサラと流れる水の音が響いてしまうくらい、誰もがこんなにもフレデリックの言葉に耳を傾けてくれているのに。


 今の時間が嬉しくて、以前の自分が悲しくて、それでも胸の奥は温かくて。フレデリックは滲みそうになる視界を何度も瞬きをして誤魔化した。


「っこの、約二ヶ月がなかったら、王家の谷に、行かなかったら。きっと僕は、色々なことに気づけないままで、何も知らない、愚かな僕のままでした。今も、駄目です、けど。でも僕は、自分が無知なのだと、知れました」


 思い返せばずいぶんと、フレデリックは思い上がっていたと思う。それに気づくことができたのは、間違いなく、フレデリックの大切なふたりのお陰だ。


「レナードも、アイザックも。僕が王子だからと、媚びも、へつらいもしませんでした。ただ従うのではなく、いつも一緒に、考えてくれて。僕が、聞かなかっただけで、受け入れなかった、だけで。僕が間違っていたら、ちゃんと言ってくれました。僕が見えなかったところも、ちゃんと見ていてくれました。おかしいと思えばいつだって、迷わず、ちゃんと、止めてくれました」


 この二ヶ月、どれほどふたりがフレデリックと向き合ってくれたのか。共に過ごした時間を思い出せばじわじわと、指の先まで熱が戻って来る。


「子供だから、言えたのかもしれません。でも、力の強い者に声を上げることは、とても勇気が要ることです。それは、大人でも子供でも、変わりません。それでもふたりはいつだって、自分たちのためではなく、僕のために声を上げてくれました」


 大丈夫かと、注意しろと、ふたりは何度もフレデリックに忠告してくれた。どれほどフレデリックが邪険にしても、ふたりは決してフレデリックを見捨てなかった。


「何度も、何度も、引き返す機会は、あったはずなんです。だけどふたりは、僕と共にあることを、選んで、くれて。こんな僕なのに…どこへでも一緒に行くって、最後まで一緒にいるって、言ってくれて…………それに……っ!」


 とたんに熱を持った目元にフレデリックは大きく息を吸い込んだ。息を止め、零れ落ちそうになる涙を何とか飲みこむと、ゆっくりと息を吐いて目を閉じた。


「身を、挺してまで……あんな……」


 みるみる腫れていくアイザックの頬も、倒れ伏したレナードの姿も。フレデリックの瞼の裏に鮮明に貼り付いている。思い出すだけでまた泣きたくなって、フレデリックはぎゅっと、両手を握り締めた。


「僕は、自分が、情けなくて。何もできなくて、情けなくて。責任すら、全然本当は分かってなくて。なのにこんな自分に、気づけなかった自分が、一番情けなくて。そんな情けない僕を守ろうとしてくれたことが、嬉しくて、申し訳なくてっ」


 はぁ、とフレデリックは一度大きく息を吐いた。口にすればするほど胸の痛みが増していく。それと同調するように、胸に灯っていた熱が少しずつ、明るさを失っていく。

 

「レナードとアイザックが、まだ僕と一緒にいたいと思ってくれるのか、分かりません。グレアムだって、辞退するって、言って。ジャック卿とケネス卿も、沢山困らせて、罪、まで負わせて。キースもエヴァレット嬢も、善意を利用して、巻き込んでしまって」


 いつの間にか落ちてしまった視線では、もう母の表情も分からない。呆れているのか聞いているのか、それすら怖くて確かめられない。それでも目は閉じるまいと、フレデリックはぐっと眉間にしわを寄せた。


「だからこれは、完全に、僕の独りよがりの、我儘なんです。嫌がられたら、ちゃんと素直に身を引きます。だけど、可能性が、少しでもあるなら…僕は……」


 じわりとまた、目元が熱くなってくる。可能性すら、もう無いのかもしれない。母の決定は、もう覆らないのかもしれない。それでも、どうしても嫌なのだ。


「僕が、離れたくないんです。僕が諦めたくない、失いたくないんです。でも、今の僕には何もなくて。情けない僕には母上に返せる言葉が無くて。愚かな僕には彼らに差し出せるものが無くて。今の僕には、彼らを守る方法が、分からなくて」


 守るも、責任を取るも、言葉だけは知っていて、全てを知った気になっていた。けれど、実際にはこんなにも難しい。


「でも、だけど、色々なこと、本当はどうでも良くて。……僕は、これからも一緒にいたい、これからを、未来を、一緒に考えて、一緒に…一緒に…………」


 まるで駄々っ子のように駄々をこねるしかできない不甲斐なさに、語尾がどんどんと小さくなってしまう。眉を下げて俯きそうになった時、またどこかから、低い声が響いてきた。 


『考えても、頑張っても、より良くしようと思ってももうどうしようもねえ時は……』


 フレデリックは、はっと閉じかけていた目を大きく見開いた。


「そう、だ。ひとりで、考えない、だ」


 小さくなりかけていた胸の熱が、またじわじわと明るさを取り戻していく。

 フレデリックはゆっくりと息を吐ききると、思い切り、大きく息を吸い込んだ。


「教えて、ください…………助けてください!叔父上!!」


 フレデリックがばっと勢いよく振り向けば、叔父がフレデリックを見て嬉しそうに濃紫の瞳を細めた。


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