80.信じる
母はフレデリックを見つめたまま、何も言わずにじっと耳を傾けている。
肯定も、否定もしない。瞳に感情の揺れひとつ見られない。母の静かな視線に足が震えそうになるけれど、フレデリックはぐっとお腹に力を入れた。
「第一騎士団のジャック卿とケネス卿は、その容姿だけでなく人柄にも優れるように僕には思えます」
蜂蜜のように甘そうなジャックと、胡椒のようにぴりりとしそうなケネス。対照的なふたりがフレデリックたちにくれた短い言葉には、間違いのない温もりがあった。
「彼らは僕たちのような子供にはもちろん、僕の護衛として以外にも何度か見かけていますが、第一騎士団の騎士でありながら身分や性別問わず常に他者に礼節を持ち接しているように見えました」
沢山の時間を共に過ごしたわけでは無い。けれどふたりがフレデリックたちを見守る視線に、他の誰かを見つめる視線に、フレデリックは他のどの第一騎士団の護衛よりも混じりけの無い優しさを感じた。
『ご随意に』
『どこへでも』
そう言って微笑んでくれたふたりを思い出せば、申し訳なさと共にまたふわりと、胸の奥の熱が明るさを増した。
「彼らは現第一騎士団長の目指す第一騎士団に、間違いなく必要な人材でしょう。それはきっと、僕の望む騎士団の形でもある」
いつかの日、フレデリックは第一騎士団を変えたいと思った。レナードの父も、ジャックとケネスも、フレデリックの第一騎士団への偏見や思い込みを見直すきっかけをくれた。きっと彼らは第一騎士団を良い方へと導いてくれる。
「どちらも、損ないたくない…僕が必要とする人材です。僕はそう、信じています」
フレデリックは目をゆっくりと閉じ、それからまたゆっくりと開いて母を見つめた。
いつかまたあの長剣を見せて欲しい。今度はケネスの長剣も。そう思うと、不思議と背筋が伸びる気がする。
フレデリックの視線の先、母もまたゆっくりと瞬きをした。けれど口を開くことはしない。ただ黙ってじっとフレデリックを見下ろしている。
フレデリックはまたごくりと唾液を飲みこむと、胸に当てていた右手をぐっと強く握りしめた。
「グレアムは……」
ふるりと、唇が震えた。名を呼ぶだけでフレデリックの瞼が熱くなる。
「そう、です。グレアムはいつも、僕をちゃんと見てくれて。僕の言葉を聞いてくれて、僕と一緒に考えてくれて、見守っていて、くれてっ」
まだ崩れるわけにはいかないのに、フレデリックの喉がひくひくと音を立てた。落ち着こうと何度も深呼吸を繰り返すのにその度に喉が震えて仕方がない。はっ、と浅く息を吐くと、フレデリックは震えを抑えるようにゆっくりと口を開いた。
「僕は二ヶ月前まで、本気で誰も頼れないと………誰も僕のことなんて見てないと、本気で思っていました。だからなんでも、ひとりで頑張らなきゃ、って」
一瞬だけ、母の目がほんの少しだけ細められた気がした。けれど変わらず温度の無い瞳でフレデリックを見つめる母に、フレデリックはぎゅっと唇を噛むと一度だけ俯いた。そうしてぐっと眉根に力を入れるともう一度、真っ直ぐ母に向き直った。
「グレアムと共に過ごしたのは、たったの半年足らずです。常に共にいられたわけではありません。それでもっ………それでも僕にとって、グレアムはもう、信じられる大人のひとりなんです」
いつも穏やかに微笑んでいるグレアムが、いつもより更に優しい目で言ってくれた言葉を、フレデリックは覚えている。
『今しかできないことを、存分になさってくださいませ』
『お心のままに』
いつだって、グレアムはフレデリックの意思を尊重してくれた。フレデリック自身を見てくれた。胸の中の熱が強く光った気がして、フレデリックはぐっと、視線に力を込めた。
「王太子宮に行くのは、グレアムも一緒が良い。一緒でなくては、嫌なんです!」
叔父の言葉が耳元でこだまする。
『選べ。選んだら、信じろ』
はっとして振り向けば、目が合った叔父が何も言わずににっと笑った。
「それで、それから」
とくり、とくりと思い出したように握ったこぶしにフレデリックの鼓動が響く。ゆっくりと視線を戻せば、まるで先を促すように母がほんの少しだけ首を傾げた。
「あ……レナードと、アイザックは」
感情を押さえなければと思うのに、小さかったはずの胸の熱が、無視できないほどに明るさを増した。




