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ある王宮の日常とささやかな非日常について(シリーズまとめ版)  作者: あいの あお
第八章 王子殿下の冒険と王家男子の事情について

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79.灯


 良いわけがない。何ひとつとして良くない。全てはフレデリックのせいなのだ、フレデリックが招いたことなのだ。けれど、結果的に彼らが王子であるフレデリックを危険に晒すことになってしまったのもまた、事実。


「でも……だけど……」


 ふるふると、フレデリックは俯いたまま何度も何度も同じ言葉を呟いた。

考えても考えても、うまい言葉が出てこない。何とか落としどころを探して収めねばならないのに、どこにも糸口が見つけられない。嫌だと叫びたい、駄目だと、止めてくれと母に縋りたい。


 けれど母の言う通り、覆せるだけのものをフレデリックは何も持っていない。用意して、いなかったのだ。


「僕…僕、は」


 喉の奥が、ひくりと震えた。


 ゆらりと、フレデリックの視界が揺れた。膝の上で父の手がぽんぽんとフレデリックの膝を叩いている。それすらもう、遠い世界のように感じてしまう。

 嫌だ、駄目だ。そればかりが頭の中でこだまする。フレデリックにはもう、何を考えれば良いのかすら分からない。


 俯いたまま顔も上げられず、言葉も紡げず。首を横に振ることも縦に振ることもできないまま唇を噛み膝の上のこぶしを震わせていると、静かな叔父の声がフレデリックの耳に響いた。


「良いのか?フレッド」

「っ!?」


 突然、世界に音が戻って来た。

 あまりの驚きにフレデリックがばっと顔を上げると、フレデリックをじっと見つめる叔父の、フレデリックと同じ色の瞳と目が合った。


「お、じ、うえ……?」

「言いたいことは無いのか?お前は、これで良いのか?」

「あ……?」


 フレデリックが目を大きく見開いて瞬きもできずに叔父を見つめると、椅子の背もたれに寄りかかって腕を組み、首をかしげた叔父が口角を上げた。


「良い子のまま、このまま聞き分けの良い王子で、終わるか?」


 じわりと、冷え切っていた胸の奥に小さな熱が灯った気がした。『お前は本当はどうしたいんだ?』そんな言外の声が聞こえる気がする。


「叔父上は、昨日、何て…?」


 フレデリックは見開いていた目をゆっくりと閉じ、それからゆっくりと開いた。叔父の濃紫の瞳だけがまるで浮き上がるように色づいている。

 ゆっくりと首を左右に動かせば、ベンジャミンの青灰の瞳も、ジェサイアの黄色の瞳もフレデリックを見つめている。叔父の信じる者たちが、じっと黙ってフレデリックの言葉を待っている。


 昨日、叔父は、フレデリックに、何と言った。


「あ………いや、です」


 震える唇で振り絞るようにそう呟けば、叔父の口角がぐっと上がり、濃紫の瞳が細まった。


「聞こえねえぞ?」


 にっと笑いながら肩を竦めた叔父が「それで?」と促すように顎を上にしゃくった。

 そうだ、叔父は『言え』と言ったのだ。嫌なら言えと。良い子でなんているなと。俺たち大人が守ってやれるうちに、と。 


 いつの間にか口の中に溜まっていた唾液をごくりと飲み込むと、フレデリックはぎゅっと目を閉じた。


「僕には、言うべきことがある。僕には、やるべきことがある。うまくできるかじゃない。できなくても、僕はやる。僕が、決めたことなんだから」


 目を開くと、いつの間にか世界に色が戻っていた。父が、母が、草花が、光が、またフレデリックの世界を彩っている。

 まだフレデリックは何も変えられていない。けれど、フレデリックはもう、目を閉じないと心に決めた。


 首を傾げた叔父にひとつ頷くと、フレデリックは椅子からゆっくりと立ち上がり、今も仁王立ちのままフレデリックを見下ろす母に向き直った。


「嫌です…いえ。王妃殿下に申し上げます」


 フレデリックは手を胸に当てて一礼すると、母の感情の読めない若草の瞳を真っ直ぐに見上げた。


「キース・リンドグレン令息も、リリアナ・エヴァレット嬢も。他意など無く、ただただ僕たちに森を教えてくれました。森の歩き方を教え、森の危険を教え、森の豊かさを教えてくれました」


 ひとつ、ひとつ。丁寧に手に取って楽しそうに教えてくれたリリアナを思い出す。そんなリリアナを呆れたように、けれど酷く優しい瞳で見つめていたキースを思い出す。


「エヴァレット嬢は未来を……この国の未来を豊かにする人材です。そしてリンドグレン侯爵家を継ぐキース殿はエヴァレット嬢を誰よりも理解し誰よりも彼女を自由でいさせてあげられる」


 論理性など欠片もない。ただのフレデリックの印象で、フレデリックの感想だ。まだ立太子すらしていない九歳のフレデリックがそう思った。ただ、それだけのこと。けれど。


「きっと彼女が…エヴァレット嬢が興味のままに動くことは、いつか必ず国を豊かにする。僕はそう、信じています。だから…制限など、考えるべきではありません」


 ふたりは間違いなく、フレデリックの作る未来の灯になってくれる。そう、フレデリックが選んで、フレデリックが信じると、決めたふたり。


 胸の奥の小さな熱がほんの少しだけ明るさを増した気がして、フレデリックはぐっと、口元に力を入れた。


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