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ある王宮の日常とささやかな非日常について(シリーズまとめ版)  作者: あいの あお
第八章 王子殿下の冒険と王家男子の事情について

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78.終わり


 手も足も冷たさを感じるほど冷え切っているのに、なぜか背中に不快な汗を感じる。さらさらと水の流れるこの温室も、午前の今はまだそれほど暑くなってはいないというのに。


「三年……僕の立太子には、一緒に、いない?」

「ええ、そうね」

「王太子教育と、側近教育に、いない」

「そう」

「側近に、ならない」

「そうよ」


 ひとつ、ひとつ。フレデリックの言葉を母が肯定していく。


「でも、僕は。大切な友だと、側近だと、言ったんです。昨日、です。レナードと、アイザックだから。だから、ふたりだから、側にいて欲しいって、僕は………」


 フレデリックの独り言のような呟きを、母はじっと黙って聞いている。視線を逸らすことも、微笑を崩すことも無い。


「あ、ふたりの、将来は?婚約や、社交にも、影響が?学園でも、肩身が狭くなる?違う、違う、そうじゃない、そんなことじゃなくて……!」


 ぶるりとひとつ強く首を横に振ると、フレデリックはばっと、母の顔を見た。


「どこへ行っても、何をしても、レナードも、アイザックも……僕の側、にいない………?」

「ええ、そうね」


 静かに頷いた母に、フレデリックは「あ……」と呟いたままだらりと、椅子の上で肩を落とした。母の顔を見ているはずなのに、ぼんやりと霞んで母の表情が見えない。小さく、ため息の音がした。


「今回はあなたの暴走ということも加味して、それぞれの家に対しては罪を問いません。個人に対する罰で済ませます。……良いわね?」


 良いとも悪いとも、フレデリックは言葉を発せなかった。

 良いか嫌かなら、もちろん嫌だ。けれど有無を言わさぬ母の物言いに、震える唇がただ小さく開いたり閉じたりするだけだ。


「はは…うえ………」


 やっと絞り出した声は、喉が張り付いたようになって上手く出せなかった。どうして良いのか分からず視線を泳がせると、いつの間に出されたのか、テーブルに湯気の上がるティーカップが置かれている。


 ぐっと、フレデリックはティーカップの茶を一気に飲み干した。焼けるような熱さが喉から胸へとすべり降りていくのに、気にならないほどにフレデリックの頭の方が沸騰しそうだった。


「僕、僕は……」


 握り締めたカップをかちゃりとソーサーに戻す。何かを言わねばと気持ちばかりが焦るのに、何を言えば良いのかが分からない。フレデリックはただただ茫然と母の顔を見上げた。


 フレデリックの様子をじっと見つめていた母が、ゆっくりと目を閉じて、そうしてまたゆっくりと目を開いた。


「分かる?フレッド。あなたの浅はかな行動で罪のない人たちが裁かれるの。あなたの『ほんのちょっと』の行動で、多くの人たちの人生が狂うの。それが、王族よ」


 母はずっと浮かべていた淑女の微笑みすら消してそう、淡々と言った。


「あ……」


 目が、口が、開いたまま閉じられない。

 分かっているつもりだった。理解しているつもりだったのだ。


「僕はただ、無事に帰れば、何とかなる、って。叱られても、罰せられても、僕がちゃんと叱られて説明すれば、みんなきっと、何とかなる、って」

「『きっと』という言葉を使う時点ですでに浅はかだけど……じゃあ、無事に帰らなかった時は?」

「あ……それ、は」


 ひくりと、フレデリックの喉が震えた。唇の端が引きつって、視線がどこかへ飛んでしまう。


「そんな、何事かなんて、簡単に起こるわけないって…起こっても、僕なら、なんとかできる、って。叱られて、しっかりと謝って、自分の行動に責任を取れば良いんだって……」


 語尾が、どんどんと小さくなっていく。こうして口に出してみれば、自分が考えていたことのはずなのに、あまりにも甘くて浅くて眩暈がしそうだ。


「責任、ね。どう取るつもりだったのかしら?今回は何事も無かった…というより、何事かあったけどたまたま間に合ったわ。間に合わなかった時は?その時はどう責任を取るの?」

「どう、責任を、取る?」


 誰も、何も言葉を発さない。身じろぎの音すら聞こえない。さらさらと耳障りなほど優しく水が流れていく。

 ぎしぎしと音がしそうなほど不自然に周囲を見回せば誰もが目を合わせようとしない。いつもなら混ぜ返すか茶化すくらいはしそうな叔父すら目を閉じて黙っている。いたたまれなくなって、フレデリックはぎゅっと目を閉じて俯いた。


「僕、は、責任、は」


 なぜ、とフレデリックは問いかけた。自分に、過去の自分に問いかけた。どうして何とかなると思っていたのだろう。責任の取り方も、分からないくせに。


「………この話は、これで終わりで良いかしら?」


 小さくため息を吐き、母が静かに言った。

 俯いたまま顔を上げることすらできないフレデリックには、ここにいる誰もがどんな表情で終わりを聞いているのか、さっぱり分からなかった。


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