22.六日目 ~ メイウェザーの祝福
セシリアがいないこともあり部屋の前には騎士がいない。
ウェリングバローの城に来たのは初めてでは無いが勝手知ったるというほどでもない。きょろきょろと辺りを伺っていると廊下の先に人影が見えたため、ハリエットは案内をお願いすることができた。
騎士たちは騎士寮の方へ宿泊するらしく、すでにそちらに入っているらしい。騎士寮ではさすがのハリエットもひとりでは入りにくかったので、ちょうど声を掛けたのが場内を巡回していたウェリングバローの騎士で大変助かった。
一度階下に降りて中央玄関を通り抜け、続く回廊を抜けると大きな城壁が見える。その城壁の向こうが騎士の鍛錬所や騎士寮などがある騎士棟だった。
「ハリエット様!」
「ジャック様、ケネス様!」
案内をしてくれた騎士に礼を言い騎士寮の方へ歩いていくと、良く見知った顔に声を掛けられた。ほっとしたハリエットが封筒を胸に抱き思わず駆け寄るとジャックが破顔した。
「ハリエット様、良かった、会えて」
ケネスも頷きながら微笑んでいる。手紙を渡したかったハリエットはともかくとして、なぜふたりがそれほど喜んでいるのかハリエットには分からなかった。
「どうかなさったのですか?」
ハリエットが小首をかしげると、ジャックとケネスが目を見合わせ、そしてハリエットを見て苦笑した。
「実は私とケネスが連絡係として明日の日の出とともに出立することが決まったんです」
「え!!最後まで一緒ではないのですか!?」
ハリエットは目を大きく見開くとつい大きな声を出した。周りがぎょっとしてこちらを向いたがハリエットはそれどころでは無い。騎士である以上は連絡係として行き来をすることもあるだろう。だが、なぜかハリエットはジャックとケネスは最後まで一緒なのだろうと思っていたのだ。
「元々は連絡係では無かったのですが…まとまった雨が降るかもしれないので。距離もありますし、若手では危険なので自分たちが出ることになりました」
答えてくれたケネスにハリエットの不安が募る。
「それは、おふたりが危険な道を行くということですか?」
連絡係は体力のある若手の騎士が担うことが多い。ふたりもハリエットから見れば十分に若いが、セシリアの視察の随行に選ばれ、しかも慰問にも担当護衛としてつくとなればそれなりの実力と経験があるのだろう。それでもやはり不安は募る。
「そうですね。ですが、雨だろうと嵐だろうと必要があるなら走るのが騎士というものですから。まぁ、付き合わされる軍馬は大変でしょうが」
ジャックがおどけて肩を竦めて見せた。けれどハの字に下がってしまったハリエットの眉を見て、ジャックも眉をハの字にして笑った。
「大丈夫ですよ、ハリエット様。私たちは第一騎士団所属ではありますが訓練を受けた騎士です。それにちゃんと休み休み移動して無理はしませんので!安心してください!」
ジャックがまた片目を瞑って笑って見せた。その様になる表情に、ハリエットは今更ジャックの顔が整っていることに気が付いた。第一騎士団の所属なのだから当然と言えば当然なのだが、今の今までさっぱりと気付いていなかった。
「そう、ですよね…。申し訳ありません、立派な騎士であるおふたりに対して大変失礼でした」
「いいえ、ありがとうございます、心配してくださって」
ハリエットが無理やり笑顔を作ると、ジャックもにこりと笑った。ケネスの目もとても優しい。この先、このふたりが一緒では無いことがハリエットはとても寂しかった。
「ところでハリエット様、それ、手紙じゃないんですか?」
「あ、そうです!!みんなの分も預かってきて…」
見れば、ずっと抱きしめていたせいでしわが寄ってしまっている。「あー…」とハリエットが困った顔をしているとジャックが笑いながら言った。
「大丈夫ですよ!幸い大雨ですからね、濡れなかっただけ良かった!ってなりますよ」
「笑い事ではないですし幸いでもないですよ!」
むっとした顔で言ったハリエットに、ジャックもケネスも声を上げて笑った。
ひとしきり笑うとジャックが「手紙、もらいます」と手を出したので、ハリエットは手紙を渡し両手でぎゅっとジャックの手を握った。
「ジャック様、どうかお気をつけて」
「ありがとうございます、ハリエット様。また城でお会いしましょう」
「ケネス様も、どうかお気をつけて」
「ハリエット様も、どうかお気をつけて。城でお待ちしております」
ケネスの手も両手で握りぎゅっと力を籠める。公の場でエスコート以外で家族や婚約者でもない殿方の手を握るなど淑女としてはあるまじき行為だが、ハリエットには意味のあることだった。
「『メイウェザーの祝福』ですね…」
ケネスがハリエットが握った手をじっと見ながらぽつりと言った。
その昔、まだこの国が生まれるずっと前。誰も抜けることができないと言われた魔の森に挑む友に、真っ赤な髪のメイウェザーの血族が抱擁と共に『祝福』を送った。
ひと月経っても帰って来ず誰もが諦めかけた時、その友人はぼろぼろになりながらも森から帰って来た。いわく、赤い光が出口まで導いた、と。
ただの昔話であり迷信だ。実際、ハリエットにも他の血族の赤い髪の者たちにも何の力もないし、抱擁をしようと手を握ろうと強くなったり不思議なことが起こったりもしない。それでも良い。気休めでも迷信でも良い。ハリエットは新しくできた友人たちがどんな雨でも迷わず進めるおまじないをかけたのだ。
「どうか、お気をつけて」
ハリエットは深くカーテシーをし、不安など吹き飛べば良いとあえて満面の笑みでにっこりと笑った。ふたりもまた「お任せください」と笑顔で返し丁寧に騎士の礼をした。
ハリエットは騎士棟を出るまで何度も何度も振り返ったが、彼らもまたハリエットが見えなくなるまでずっと後ろで見守ってくれた。




