77.はく奪と辞退
フレデリックがどう反応して良いか分からず視線を泳がせていると、母は一度だけ視線を逸らしてすぐにフレデリックに向き直った。
「あなたたちの護衛だった第一騎士団の騎士ジャック・タイラー卿とケネス・コーツ卿」
「っ!」
はっとして顔を上げれば母の視線に温度が無い。ただ、淡々と言葉を続けていく。
「彼らは救出が間に合ったとはいえあなたたちを森で見失いました。護衛としてあるまじき失態です。万が一あなたたちに何かあれば、死罪を申し渡すところでした」
「なっ、死!?」
「よって、本来であれば騎士爵をはく奪するところですが、今回はあなたたちが故意に姿を消したという事情がありますので降格の上、五年間の減俸と昇給昇格無しで済ませます」
「それ、は」
「ただ……そうね、ジャック卿に持ち上がる予定だった縁談は取り消しね……預けられないわ」
眉間にしわを寄せ、ふるりと母が首を横に振った。かたりと音が鳴った気がしてそちらを振り向けば、母の侍女たちが視線を落として静かに佇んでいる。
「騎士爵の、はく奪。降格、減俸、昇給昇格、なし」
はくはくと、フレデリックは息を飲んだ。何らかの叱責はあるだろうとは思っていた。けれど、これほどの重い処分になるともフレデリックは思いもしなかった。悪くすれば、死罪。
「護衛、とは。それ、は」
初夏の温室はむしろ暑い。水が流れているとはいえ、決して寒気を覚えるような場所ではない。それでも、フレデリックの指先からはどんどんと体温が失われていく。
護衛という意味を、フレデリックたちの命を預かっている意味を、フレデリックは全く理解していなかった。
せいぜいフレデリックがしっかりと責任を負うことで厳重注意くらいで済むと思っていたのだ。もちろん、彼らの経歴に若干の傷がついてしまうがそこはフレデリックが次の王として重用して挽回していくつもりだった。なのに。
「母上、でも、違う。彼ら、は。僕ら、を、見守って、くれた、だけ……だから、何も、悪く、なくて」
このままでは彼らの将来が閉ざされてしまう。何とか免罪を、せめて減刑をお願いしなくてはと思うのに、唇が震えて上手く言葉になってくれない。何度も首を横に振るフレデリックを無視するように母は言葉を被せた。
「グレアム・ブライ侯爵令息」
「っ、グレアムっ」
ひゅっと、フレデリックの喉が鳴った。グレアム、昨日、離宮で別れてからずっと会えていない。そういえば、今もこの温室にグレアムはいない。
ぐるりと辺りを見回して母に視線を戻すと、母は感情の読めない目でひとつだけ瞬きをした。
「グレアムは今回の件ではただあなたたちを森へ見送っただけだけれど、あなたたちの企みに気が付けずことが大きくなってしまったことで、あなたの侍従となる人事が保留となります」
「ほ、保留?」
「……本人からも、辞退の申し出があるわ」
「え…グレアムが、辞退?そん、な……」
フレデリックは目を見開き、愕然としたままで固まった。
グレアムが辞退する。グレアムに会えなくなる。グレアムがフレデリックの侍従でなくなる。ぐるぐると、フレデリックの頭を何度も何度も同じ言葉が巡って行く。
「グレアム、が……」
茫然と、フレデリックは呟いた。グレアムはフレデリックが信じようと決めたひとりだ。共に居て欲しいと、フレデリックが望むひとり。そのグレアムを失う。しかも、グレアムの辞退で。
すーっと目の前が暗くなっていく。色とりどりに明るいはずの温室が灰色になりかけたとき、母の言葉にフレデリックの意識が呼び戻された。
「それから、レナード・リンドグレン侯爵令息とアイザック・スペンサー侯爵令息」
「っ!!」
がたりと、フレデリックの椅子が鳴った。そっと膝に手を置かれて我に返る。横を向くと、フレデリックの膝に手を置いた父がゆっくりと、首を横に振った。
「あ……はい、母上……」
フレデリックがのろのろと椅子に座り直すと頭上で小さなため息が聞こえた気がした。ゆっくりと顔を上げれば、淑女の微笑みを浮かべた母がフレデリックを見下ろしている。
「彼らは側近候補としてあなたの蛮行を止めなければいけない立場にありながら、大人へ相談することもなくあなたに同調し、あなたを危険にさらしました」
「そ、れ、は」
「よって、三年間の王宮への出入り禁止、および側近候補からは外します。………スペンサー侯爵家からは辞退の話も来ています」
「は……」
水の音が聞こえる。この第三温室は南部の湿度の高い地方の植物を主に育てているため、温室の中を水が常に流れているのだ。その水の音すら、自分の中から何かが失われていく音に聞こえてくる。
サーサーと流れ落ちていく水の音に、なぜ自分は倒れてしまわないのかと、フレデリックはぼんやりと不思議に思った。




