76.罪と罰
全く離れようとしないクリスティーナをどうしたものかと悩んでいると、苦笑した母が抱き上げて回収し、我に返ったように慌てて急ぎ足で寄って来た乳母へ任せて席に座らせた。
「まだ抱っこしたかったのに!」
「朝食が冷めるわよ」
むくれたクリスティーナに母が呆れたように笑うと、父が口角を上げたままですっと手を上げた。
それを合図に朝食は生ぬるい空気の中で進められ、少々居心地が悪いながらも温かな気持ちのままでいつも通り各自解散となった。
「良かったですね」
食事が終わったフレデリックの側へやって来たアメリアが椅子を引きつつそう微笑み、フレデリックも気恥ずかしさに緩む口元を押さえつつ「うん」と素直に頷いた。
が、当然そこで終わるわけはない。
フレデリックが部屋で大人しく謹慎という名の読書をしていると、扉がノックされて母の侍女がやって来た。
「王妃殿下より、午前のお茶の時間に王妃殿下の三番温室へのお誘いでございます」
ちらりと時計を見れば午前の茶まではあと三十分だ。すぐに準備して向かわなくてはいけない。
覚悟はしていたが、目前になるとつい、心が怯んで視線を逸らしそうになる。
「分かった、必ず伺う」
何とか取り繕って母の侍女に頷くと、侍女は淑女の微笑みを浮かべたままカーテシーをして部屋を出て行った。
「アメリア」
「はい」
「準備を、派手ではない程度に」
「承知いたしました」
口頭でのお誘いなので本来であれば着替えはいらないが、それでも反省を見せたい。すぐに衣裳部屋から戻ったアメリアがフレデリックのジャケットを変え、結んでいただけのクラバットを整えてアメジストのクラバットピンを刺し、ぐるりとフレデリックを確認した。
「こちらへ」
「……よし、行こう」
姿見で確認して頷くと、アメリアの先導で母の第三温室へと向かう。一回へ降りて母の奥園側へ出れば、第三温室は目と鼻の先だ。
「王子殿下をお連れいたしました」
アメリアが声を掛けて温室の扉を開くと、父も、叔父も、叔父の側近も既に席に着いていた。昨日いなかった父の侍従もすでに控えて…というより父の隣、テーブルに付かされている。
「あ、あれ?最後……?」
思わずアメリアを見上げれば何も言わずに苦笑された。時間よりもそれなりに早く来たはずだが、結局最後のひとりとなったようだ。
「良いわ」
母が頷くと、アメリアは一礼して温室から下がって行った。残されたフレデリックがどうしたものかと視線を泳がせると、朝とは打って変わって仁王立ちの母がにっこりと、とても美しい、凄みのある微笑を浮かべた。
「座りなさい、フレッド」
「母上。あの、本当に申し」
「座りなさい」
「う、はい」
まずは座る前に謝罪を、と思ったのだが、母はそれをぴしゃりと遮りテーブルを指さした。父と母の間の椅子がひとつだけ開いている。フレデリックが恐る恐る母の目の前に座ると、じっとフレデリックを見据えていた母が仁王立ちのままで腕を組み、ひとつ、ゆっくりと息を吸い込んだ。
「まず最初に、今回の件で関わった者たちについてです」
「え?」
フレデリックは拍子抜けをして思わず目を瞬いた。まずは無茶をしたことに対して叱責をされるのだとばかり思っていたのだが違うらしい。
「えっと、はい、母上」
関わった者たちについてとは何だろう?と疑問に思いつつもフレデリックが瞬きをしながら頷くと、母は一度目を閉じて、それからまたゆっくりと息を吸って目を開いた。
「まず、離宮の森へあなたたちの案内をしたリリアナ・エヴァレット伯爵令嬢とキース・リンドグレン侯爵令息」
「……えっ?」
昨日はいなかったはずのふたりの名前にフレデリックは目を見開いた。
「え、キースと、エヴァレット嬢?」
どういうことだろうと母の顔を見るも、母は淑女の笑みを浮かべたままで表情が読めない。読めないのにうすら寒さを感じた気がして、フレデリックは背筋を伸ばしたままふるりと小さく肩を揺らした。
「彼らはあなたたちが行方不明になったときは同行していなかったとはいえ、彼らが森を案内し、エヴァレット嬢から手紙が来た結果あなたたちが行方不明になりました。よって、彼らは学園を卒業するまで離宮の森へ入ることを制限します」
「そんな!!彼らは何も悪く」
「黙りなさい」
またもぴしゃりと、母はフレデリックを黙らせた。
母の言葉は分かるのに、言っていることが理解できない。キースもリリアナも、ただフレデリックに森を案内してくれただけだ。
「どうして………?」
フレデリックはただ茫然と、フレデリックを微笑のまま見下ろす母の顔を見つめ続けた。




