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ある王宮の日常とささやかな非日常について(シリーズまとめ版)  作者: あいの あお
第八章 王子殿下の冒険と王家男子の事情について

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71.知らない


「おはようございます」


 侍女と共に扉を出れば、左右を守る騎士が扉を押さえつつ一礼した。


「ああ、おはよう」


 フレデリックも頷き返してそっと彼らの顔を伺った。第一騎士団の白い制服。けれど、ジャックとケネスでは無い。


「行こう」

「承知いたしました」


 フレデリックが侍女に頷くと侍女が騎士に目礼をして、フレデリックを軽く振り返るとそのまま先導して歩き出した。フレデリックも侍女の後を歩きながら、ほんの少しだけ視線を下げた。


 ジャックとケネス。彼らとは昨日キイチゴの茂みの前で別れてから会えていない。まだ丸一日も経っていないはずなのに、もう長いこと会えていないような、そんな不思議な感覚になる。


「会いたいな……」


 ぽつりと、囁きが口から漏れた。

 過ごした時間も、話した言葉も、決して多くは無い。それなのになぜかこんなにも寂しいのだ。今までは、護衛の騎士など気にもならなかったのに。

 きぃと何かの音が聞こえた気がして顔を上げると、いつの間にか歩みが止まってしまっていたらしく数歩先で侍女が立ち止まってフレデリックを待っていた。


「待たせたな」

「いえ」


 フレデリックがひとつ頷くと侍女がまたゆっくりと歩き出した。フレデリックもその後ろを食堂へと歩いていく。

 後ろでまたきぃと音が鳴った気がして、フレデリックは廊下の角を曲がったところで侍女に「待て」と声を掛けた。


「何かございましたか?」

「ああ、少しだけ」


 角からそっと廊下を伺うと、お仕着せのメイドがふたり、騎士に頭を下げるとワゴンをきぃと押しながらフレデリックの部屋へと入って行った。


「何かあやしいものでも?」


 いぶかし気にフレデリックの後ろ姿を見ていた侍女に、フレデリックは苦笑して首を横に振った。


「いや、違うんだ。僕がどれだけ色々な人に支えられているのか、この目でちゃんと見てみたくなった」


 フレデリックがそう言うと侍女がぱちくりと目を瞬かせ、そうしてふっと、フレデリックが初めて見るくらい口角を上げて笑った。


「左様でございましたか」


 侍女は頷くとフレデリックの横に並び、部屋の扉がぱたりと閉まるのを見てゆっくりとフレデリックを振り返った。


「あの者たちは王妃宮付きの掃除メイドでございます」

「掃除メイド?」

「はい。殿下が朝食をお召し上がりになる間に、お部屋のお掃除と朝にお使いになられたお道具の片付けをして、シーツなどの寝具や布ものを新しいものへと交換して整えているのです」

「僕が朝食を食べている間に、か?」

「左様でございます。掃除メイドたちが回収をした寝具や寝間着などは、掃除メイドたちがそのまま洗濯室にいる洗濯メイドの元へお運びします」

「洗濯メイド」

「はい、洗濯メイドは布ものを綺麗に洗い、簡単な修復もいたします。干されて綺麗に畳まれた寝間着や衣類は侍女が洗濯室から回収して殿下の衣装としてお運びし、洗った布類はまた使う時まで保管室で保管されておりますよ」

「そんなにいるのか」


 フレデリックが目を丸くすると、侍女は「はい」と淡く微笑んだ。


「茶器などは洗い場に運ばれて洗い場メイドが洗い、上級メイドや侍女が管理いたします。お食事の銀器などの高価なものは各宮の責任者が管理しております。殿下のお品を扱える者たちは特に信頼のおける者たちが選ばれておりますよ」

「ずいぶん沢山いるのだな?」

「はい。他にも多くの者が、王宮の中でそれぞれに手入れや管理をいたしております」


 フレデリックは掃除と洗濯に重曹が使われることがあると知っていた。けれど、それを誰がどこでどう使っているのかまでは知らなかった。

 フレデリックに嫌な顔ひとつせず淡々と教えてくれるこの侍女も、王妃宮で働いているということは少なくとも伯爵家以上の令嬢のはずだ。それなのに、侍女はこんなにも色々なことを知っている。


「………僕はやはり、多くのことを、知らないな」


 見ようとして来なかったことの多さにフレデリックがぐっと唇を引き結ぶと、フレデリックを見つめていた侍女は「いいえ」と首をゆっくりと横に振った。


「僭越ながら申し上げます。多くの貴族が自分たちが誰にどう支えられているのかを知らぬまま日々を過ごし生涯を終えます。下の者の顔や職務など知らずとも生きていけますし、知ろうと思う方の方が稀でございます」

「そうか……いや、そうなのだろうな。僕も今まで、一度も気にしたことが無かった」


 フレデリックが覚えているのは、乳母のメイや侍従のグレアムのようなフレデリックの専属か、直接紹介された者たちだけだ。そうでなければこの王妃宮に勤める者ですらそのほとんどを知らない。顔は何となく覚えていても、名を知らない者ばかりだ。それでもフレデリックの毎日は何不自由なく回っていく。


「きっと、日々の生活だけでなく、他のことでもそうなのだろうな」


 メイドたちが消えていったフレデリックの部屋をもう一度見つめ、フレデリックはぽつりと、呟いた。


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