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ある王宮の日常とささやかな非日常について(シリーズまとめ版)  作者: あいの あお
第八章 王子殿下の冒険と王家男子の事情について

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70.ゆっくりと


 目を開けば、叔父はもう隣にはいなかった。


 少しだけ残念に思いながらも薄暗い部屋で時計に目を凝らせばいつもよりも少し早い。眠ったのはいつもより遅い時間だったのに、頭はずいぶんとすっきりしている。きっと心にあった色々なものが涙と一緒に流れ落ちたのだろう。


「う……恥ずかしい……」


 ふと、散々叔父に甘えた昨夜を思い出し、フレデリックは急に恥ずかしくなって布団の中で軽くじたばたと手足を動かした。ぴたりと止まると、両手のひらをぐっと広げて上にまっすぐに伸ばしてみた。


「うん、でも………うん」


 フレデリックはもそもそと布団から起き上がり、自分の両手をじっと見て小さく頷いた。上手くは言えないが、フレデリックの中の何かがしっかりとした重さを持った気がするのだ。


 フレデリックがじっと両手を見つめて握ったり開いたりしていると、とんとんとん、と扉が控えめに叩かれた。


「おはようございます。ご起床のお時間でございます」


 返事を待たずにかちゃりと扉が開く。部屋へ入ってきたのはメイではない王妃宮付きの、昨夜と同じ侍女だった。メイはフレデリックの願い通り休みを取ってくれたのだろう。


「ああ、おはよう」


 フレデリックが顔だけを向けて頷くと、侍女が少しだけ驚いたように目を瞠り、それから目元を柔らかくした。


「お早いお目覚めでございましたね、殿下。よくお休みになられましたか?」

「ああ、とてもすっきりとしている」


 侍女は話しながらもてきぱきとフレデリックに朝の茶を渡し、カーテンを大きく開くと洗面用のたらいに水を張りテーブルに置いた。窓の外からは柔らかい光が差し込んでいる。今日もとても良い天気のようだ。


「それはよろしゅうございました」


 侍女はいつも通り淡々と朝の準備をこなしていく。昨日の騒動は知っているだろうに何も言わず、けれどその目だけは常にフレデリックへ向けられ、フレデリックの様子をうかがっている。


「こちらへ」

「ああ」

「お手を」

「うん」


 フレデリックが茶を飲み終わればすぐにカップを受け取り、サイドテーブルへ置いてフレデリックが寝台から降りるのを手伝ってくれる。

 フレデリックがしっかりと立ち上がるのを待って侍女はまた「こちらへ」とフレデリックを促し、そのまま洗面用のたらいへと導いてくれ、フレデリックが顔を洗えばすぐに布を渡してくれる。


「どうぞ」

「ああ」

「こちらへ」


 顔と手を拭けばすぐに布が回収され、たらいもワゴンへと下げられた。余計なことを言うこともなく、侍女は淡々と流れるように職務をこなしていく。けれど、不思議と冷たさは感じない。


「僕がやってみてもいいだろうか?」


 ふと思いついて、フレデリックの寝間着を脱がそうと手を差し伸べた侍女に、フレデリックは言ってみた。

 王族が自分で脱ぎ着するなどはしたない。そう言われるかもしれないと思ったが、侍女は少し目を丸くして、それから口角を上げて「もちろんでございます」と微笑んだ。


「何かございましたらお声がけくださいませ」

「ああ」


 すっと一歩下がった侍女に頷くと、フレデリックは寝間着の上を脱いだ。

 そのまま下に置こうとして、頭の中で『小言を食らうぞ』と叔父が囁きフレデリックはぴたりと止まった。


「む……難しいな」


 叔父が昨夜やっていたように見様見真似で畳んでみるが、やはり叔父のように綺麗にはならずくしゃりと歪んでしまう。それを寝台に置くと、叔父が綺麗に結んでくれた紐をほどいてズボンもフレデリックなりに畳んで寝台に置いた。


「まだ着ることはできそうにないんだ。朝食までに時間もない。頼む」


 ちらりと時計を見ると思いのほか時間がかかってしまっていた。今日は叔父と約束をした大切な日だ、朝食に遅れるわけにはいかない。


「承知いたしました」


 それまで黙って見守ってくれていた侍女が柔らかく微笑んで頷いた。「失礼いたします」と手を伸ばすと、侍女は手早くフレデリックの着衣を整えていく。


 まるで魔法のように複雑なボタンや装飾を整えていく侍女の手元をぼんやりと眺めながら、フレデリックは離宮に宿泊した日を思い出した。あの日は軽装だったとはいえ、レナードがフレデリックとアイザックの朝の着替えを手伝ってくれていた。


「練習あるのみ、か」


 レナードはきっと全て自分でできるのだろう。次にまたどこかへ三人で行く機会を得られたならば、今度こそフレデリックは全て自分でやってみたい。


「殿下、こちらへ」


 衣服を整え終わったらしい侍女がぐるりとフレデリックの周りを回って確認すると、フレデリックに触れることなく声を掛けた。


「っああ」


 俯きかけていた顔を上げるとフレデリックは侍女と共に姿見の前に立って確認する。いつも通りのフレデリックだ。


 侍女を振り向いて「うん」と頷き、ちらりと時計を見れば食堂に向かうのに少し早いくらいの時間だ。

 いつものフレデリックなら、脇目もふらずただ真っ直ぐに前だけを見て食堂へ向かう。目に入っても、何も見ないままに。けれど。


「少し早いが行こう。たまにはゆっくりと周りを見ながら歩いてみたい」

「承知いたしました」


 フレデリックがまっすぐに侍女を見て言うと、侍女はまた驚いたように少し目を見開いて、それからにっこりと笑って頷いた。


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