69.おやすみなさい
ひとしきり泣くと徐々に恥ずかしさが湧き上がってくる。
泣き止んでからもどうにも照れくさく、ぐずぐずと鼻を鳴らしながら顔を上げられずにいると、フレデリックは叔父にまたひょいと抱き上げられた。
「ほら、寝るぞ、布団に入れ」
片腕でフレデリックを抱えて器用に掛け布団をめくると、叔父はぽんっと少し乱暴にフレデリックをベッドに落として掛け布団でぐるりと包んだ。
「うわぁ」
ぽふんっと少し跳ねた体に驚き声を上げると、叔父がぼすんっとフレデリックの横に乱暴に寝転がり、フレデリックの体が布団ごと、また少し跳ねた。
「わぁ!跳ねた!!」
沢山泣いて緊張が解けたせいか、そんな些細なことが面白くなってしまいフレデリックは声を上げて笑った。
「あはは!跳ねました、叔父上!」
「おうおう、跳ねたな。ほらフレッド、あんまり大笑いしてると寝付けなくなるぞ」
けらけらと笑い続けるフレデリックの頭を呆れたようにくしゃりと撫でると、叔父がぽん、ぽんと布団の上からフレデリックの胸のあたりを叩き始めた。
「叔父上、眠くありません」
「もうとっくに寝る時間だぞ」
「でも眠くないんです」
「そりゃあ困ったなぁ」
叔父は全く困っていない様子で笑いながらぽんぽんと、テンポよく布団を叩いている。何とか笑いを引っ込めると、フレデリックは転がったままで首を傾げた。
「叔父上、お話は?」
「ああ、俺と兄上とゆかいな仲間たちの大冒険な?」
「大冒険!」
そんな言い方すら面白くて、せっかく収まったはずの笑いがまた口から漏れだしてしまう。慌てて布団の中から両手を出して口元を押さえていると、叔父が「おい、こら、落ち着け」と呆れたように小さく息を吐いてフレデリックの目の上に大きな手を置いた。
「約束通り話してやるから目を瞑ってろ。目を開けたら話も終わりだぞ?」
「はい、叔父上」
フレデリックはぎゅっと目を閉じると、布団の中に両手をしまってこくりと頷いた。「よし」と叔父の笑う気配がして、目の上から叔父の大きな手がどかされる。
「そうだなぁ……何から話すか………」
「王家の谷に行ったんですよね?」
「おう、そうだな。俺と兄上と、それから従者候補ふたりの四人でな…ってこら、フレッド。目だけじゃなくて口も閉じとけよ」
「はい、叔父上」
「よし。あんとき、俺はまだ七歳で兄上は十一歳でな。お前らと一緒で蛇も蛙も何も知らずに、王家の谷なんて場所があるならちょっと見に行ってみようぜ?くらいの軽い気持ちで森に入ることにしたんだよ。まずは大人が邪魔だってことで色々仕掛けてな…」
そう言って話してくれた叔父と父の大冒険はあまりにも無茶苦茶で。フレデリックたちの冒険が可愛く思えるほどにぐちゃぐちゃで。あまりのことに嘘か本当かは分からないけれど、叔父と父ならやりかねないなと、フレデリックは口元を両手で抑えながら何度も大笑いしてしまった。
「ほら、フレッド」
そう呆れたような声が降って来て、うっかり開きそうになったフレデリックの目元に何度も叔父の手が伸びて来た。口を閉じていることはできなかったけれど、叔父のお陰で目だけは何とか最後まで耐え切った。
「……ってのが俺と兄上とゆかいな仲間たちの大冒険だよ。面白かったか?」
目を閉じたままこくこくとフレデリックが首を縦に振ると、「そりゃ良かったな」と叔父が笑いを含んだ声で言った。
「じゃ、寝る時間だな」
「眠れるでしょうか。あんまりにも笑いすぎて、僕…ふふふ」
「ったく……眠れるよ。いいから目を瞑っとけ。ゆっくりと呼吸をしろ。ゆっくり吸って……ゆっくり吐いて……吸って吐くことだけに集中しろ」
また目の上に叔父の大きな手が乗せられた。ひとつ、ふたつと深い呼吸を繰り返しながら数えていると、じわりと叔父の体温が目元に広がって、不思議と体の力が抜けて行く。
「良い子だ。………おやすみ、フレッド」
耳元で、叔父の低い声が響いた。本当に疲れていたようで、とたんに一気に意識が柔らかく溶けていく。
「おやすみなさい…おじうえ…」
だいすきです。
そう、フレデリックは言ったつもりだったけれど、言えたかどうかは分からない。それでもきっと伝わっている。
「知ってるよ」
笑い混じりの囁きと共に温かで柔らかなものが額に優しく触れた気がして、フレデリックの口角がゆるく上がった。
「頼むから、もうしばらくは子供でいてくれよ…」
遠い意識の向こう側。夢の中で、誰かが静かに祈っていた。




