68.温もり
「うぉ、危ないな!?」
フレデリックが真正面から勢いよく飛びついたにも関わらず、叔父は全く揺らぐことも危なげもなく、笑い混じりにしっかりと抱き留めてくれた。香水ではない叔父のにおいがして、フレデリックの目元がなぜだかじわりと熱くなった。
「叔父上…大好きです…」
今にも泣いてしまいそうで、叔父の首に縋りついてもう一度呟くように言葉にする。余計に泣きそうになってぐりぐりと頭をこすりつけると、ほんのりと笑った気配がして、叔父がぽんぽんと大きな手でフレデリックの背を叩き、またぎゅっと強く抱きしめてくれた。
「ありがとな、フレッド。俺もお前が大好きだよ」
「叔父上………」
この温もりを、ずっとフレデリックは知っていた。
フレデリックがもっとずっと幼い頃。父も母も忙しくて中々会えなくて。寂しくて眠れなくて、でも言えなくて。そんな夜には必ずふらりと現れて眠りに落ちるまで絵本を読んでくれたのはこの温もりだった。
何かにつけて小言を言いながらも「仕方ないですね」と微笑み、どんなときでもフレデリックの側にいてくれた別の温もりも知っている。
悲しい思いをするたびにフレデリックを大きな膝に抱え眉を下げて「大丈夫だよ」と囁いてくれた温もりも。
大きな悪戯をするたびに仁王立ちして叱ったあとにフレデリックを抱きしめてくれた温もりも。
もう嫌だと目を逸らした日にも、にいたま、とフレデリックを一生懸命追いかけてきて無邪気に笑って抱き着いてくれた温もりも。
フレデリックが逃げ出すたびに、くじけそうになるたびに、間違えそうになるたびに、必ず誰かが気づいて手を差し伸べてくれていた。側にいてくれた。
「なのにどうして、僕は、忘れて………っ」
ぐっと、フレデリックは唇を噛みしめた。
愚かなフレデリックはいつの間に忘れてしまったのだろう。あんなにも、フレデリックは色々な人たちに守られていたのに。
「叔父上……」
「うん?」
「叔父上たちは、ずっと、見守ってくれていたんですね………僕が、自分で考えられるように、自分で、選ぶことができるように、わざと、少しずつ、距離を取って」
「………ああ、そうだな」
「信じて、くれていたんですね………」
「ああ、そうだな」
とん、とん、と叔父の手が鼓動を刻むようにフレデリックの背を叩いてくれる。委ねるように更に身を寄せると、叔父が包み込むようにフレデリックの頭に頬を寄せた重さがした。
「叔父上、僕は……僕は、誰も僕のことなんて見てないって。自分で何とか出来るって、何とかしなきゃって、思ってたんです」
「そうか」と囁く叔父の体がゆらゆらと、フレデリックをあやすように揺れている。体に馴染むその揺れが全てを肯定してくれているようで、フレデリックの喉の奥がひくりと動いた。
「叔父上、僕はどうして、誰も信じられないなんて思ったんでしょうか。何で、ひとりでできるなんて、思ったんでしょうか。いつだって僕は、こんなにも………今も変わらずに、見守られていたのにっ」
ぐぅと、フレデリックの喉が鳴った。
「不安、だったな、フレッド」
抑えたような叔父の声にぱっと上を向けば、叔父が眉を下げ、悲しそうにフレデリックを見つめていた。
「っ叔父上、僕がっ」
「良い」
僕が気づかなかったから、そう言おうとしたフレデリックの口元に人差し指を当て、叔父がふるりと、首を横に振った。
「いいんだよ。お前は不安になっていいし、間違っていいんだ。それを拾い上げてやるのが俺たち大人なんだ」
もう一度ゆっくりと首を横に振ると、叔父がぐっと眉根にしわを寄せて微笑んだ。
「言えなくて、辛かったよな。言わせてやれなくて、すまなかったな」
「っお、じ、うえ」
ひゅっと、フレデリックは息を飲んだ。どくどくと、叔父よりも少し早い鼓動が耳の奥で響いている。唇が震えて仕方がなくて、フレデリックはぐっと、唇を引き結んだ。
何を言えば良いのか分からずにフレデリックが奥歯を噛みしめていると、叔父の濃紫の瞳が細められ、優しい、優しい笑顔になった。
「フレッド、忘れるな。お前は俺の………俺たちの、宝物だよ」
「ぅぇ……叔父上ぇ………っ」
あまりにも優しい叔父の声にまた縋るように叔父の首元に顔を埋めれば、叔父もぎゅっと抱き返してくれる。
「大丈夫だ、フレッド。大丈夫だ」
そっと後ろ頭を撫でてくれる叔父の大きな手が温かすぎて、フレデリックは今度こそ、声を押し殺して少しだけ泣いた。




