21.六日目 ~ 五通目の恋文
隣室に逃げ込んだハリエットは茶と菓子の盆を置くとぐったりとデスクに突っ伏した。
「なんか…なんかこれ、大ごとになってない?」
なぜルイザ以外もあんなに良い笑顔でハリエットを見送ってくれたのか。確かに恋文と偽装してのやり取りなのだから周囲の反応としてはこれで正しいのだろう。だが、なんともやり切れない。違うのだと声を大にして叫びたい。
「まぁ良いわ。ある意味では思惑通りだもの」
気を取り直してレターセットを出そうと鞄を開けるとバタースコッチの缶と胡麻の飴の箱が目に入った。ちなみに、例の軟膏は何かあった時にと苺飴とは反対の隠しポケットに忍ばせていたりする。
ハリエットは「うー…」と唸るとレターセットを取り出し、ため息とともにデスクに並べた。
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親愛なるダレル
無事にウェリングバローに入りました。途中、雨が降り始めましたが幸いほんの少しで済みました。
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はたと、ここでハリエットの手が止まった。さて、今回はいったい何を書けば良いのだろう。
セシリアが大公殿下を慕っているのは国王陛下も重々承知だ。国王陛下と王弟殿下、そしてセシリアの三人を大公殿下はいつも同じように可愛がり愛情を注いでいたという。
両手にふたりを担いでもうひとりは首にしがみついて…などという見事な力技もやってのけていたそうだ。大公殿下は昔も今も、王族ではあるが鍛え上げられた肉体を持つ武人でもあるのだ。
だが、分かってはいても良しとするかはまた別の話だ。国王陛下も仕方がないと思ってはいるようだが、大公殿下のこととなるとやはり面白くないという表情はする。どちらに対してなのかは分からない。いや、恐らくどちらに対してもなのだろうとハリエットは思っている。特定の人物以外を避けたがる国王陛下が、面白くない顔こそするが大公殿下のことは今も拒絶しないのだ。とはいえ。
「そのまま書くのは…いくらダレル宛でも憚られるわね…」
これまでのダレルからの返事を見る限り国王陛下もしっかりハリエットからの手紙を読んでいる。下手なことを書けば国王陛下がまた暴走しかねない。それは非常に避けたいが、セシリアの様子を正直に書くのなら避けられない諸々もある。
考えあぐねた結果、結局良い答えは見つからずハリエットは筆が進むままに書くことにした。
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親愛なるダレル
無事にウェリングバローに入りました。途中、雨が降り始めましたが幸いほんの少しで済みました。
途中で立ち寄った村々も田畑も昨年の水害が嘘のように立て直されていました。まだまだ名残も見られますし生活も完全ではないと思いますが、どなたもセシリア様のお顔を見ては笑顔で感謝を述べていました。セシリア様もひとりひとりと目を合わせて元気づけておられました。辛いことはあるけれど、きっと当代に生きる人々は幸せだと思います。私も含めて。
大公殿下は相変わらずでいらっしゃり、セシリア様もとてもお喜びの様子でした。にこやかなおふたりを拝見するのは私にとっても至福の時間でした。
昨日からの移動には酷くお疲れのご様子もありましたが、お気持ちが明るいせいでしょうか、セシリア様はとてもお元気な様子でした。
これから徐々に雨が強くなっていく予定だそうで、連絡係が通常より早く出立するとのことでした。晩餐の様子はお知らせできませんが、きっとセシリア様にとって素敵な時間になることと思います。
明日はウェリングバロー市内の視察と大公殿下および近隣要所の領主たちとの会談が控えております。私も今一度気を引き締めてセシリア様をお支えします。
またお便りいたします。
愛をこめて ハリエット
P.S.
驚きました。こんな食感の飴があるのですね。ダレルはもしかして甘いものがお好きなのでしょうか?ダレルの色の飴、美味しくいただきました。
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黒い箱を取り出すとハリエットは茶色がかった黒の飴を眺めた。ダレルの髪はもう少し黒いかもしれない。
ハリエットの知る黒い飴と言えば東の隣国…帝国で有名な、なんとも不思議なニオイのするあれだけだった。石炭を割った表面のように艶々とした黒のかたまり。帝国の大使にいただいた名も覚えていないその飴は実に衝撃的な味がした。帝国では馴染みの味だが他国ではとても驚かれるよと大使が笑っていた。
ハリエットはひと粒口に放り込みしゃりりと噛んだ。胡麻の向こうに黒糖を感じる。間違いなく美味しい…けれど。
「なんだろうな…」
ため息交じりに呟くとハリエットはごそごそと手紙を封筒へ入れて封蝋を押し、手紙をじっと見つめた。口に残るのは間違いなく甘さなのになぜだかほんのり苦い気もする。
「……よし、行くか」
ちらりと時計を見ると一時間が経過しようとしている。冷めてしまった茶と残った茶菓子を一気に食べるとハリエットは手紙ごと盆に乗せて立ち上がった。
続き扉から「遅くなりました」と隣室に戻ると、すでに荷物の片付けも茶も終わった四人が部屋に控えていた。セシリアはまだ戻らないらしい。着衣も旅装で髪も結っていないのだが、今日の夕食をご一緒するのは大公殿下のみなのでそのままでも良いのだろう。
「書き終わりましたか?」
「はい、なんとか」
ひらりと封筒を振って見せるとルイザが頷いた。
「では、これも一緒に連絡係の方に渡してきてもらえるかしら」
手渡されたのは四通の封筒。それぞれ差出人はルイザ、ルース、エイプリル、リビーの名前が書いてある。それぞれの家への手紙らしい。
「さすがに十日間一通もお手紙を書きませんでした、では薄情者扱いされそうだもの」
苦笑しながら言うルイザにハリエットも笑ったが、ハリエットはここまで家への手紙を一通も書いていない。メイウェザーでは数年間音信不通の血族も当たり前のようにいるので家へ書くということに思い至らなかったのだ。
「承知しました、ちょっと行ってまいります!」
明日は家へも書こうかしら…そう思いながらハリエットはセシリアの部屋を後にした。




