67.家族
体温と、それから呼吸と心臓の音というのは、きっと特別なのだと思う。目を閉じてゆっくりと耳をすませば強張っていた体が少しずつほどけていく気がする。
しばらくすると、フレデリックの頭の上からまたふっと、温もりと重さが消えた。
「で?他に、やりたいことは?」
フレデリックの顔を横から覗き込み、叔父がきゅっと目を細めた。
「え、やりたいこと、ですか?」
「おう。あいつらを取り戻すことがひとつ。他にやりたいことは?」
「やりたい、こと………あっ」
すぐにひとつ、今すぐやりたいことを思いついた。けれど口にするのは少しばかり気恥ずかしくて、フレデリックは視線を彷徨わせてつい、もごもごと口ごもった。
「………です」
「うん?」
「ち、父上と母上に、ありがとうと、ごめんなさいと、大好きを、言いたい、です………」
体の芯がむず痒い気がしてフレデリックがもぞもぞと体を動かしていると、ぱちくりと目を瞬かせた叔父は「ああ!」と破顔した。
「そうかそうか!ははっ」
「い、痛いです、叔父上っ」
叔父がからからと笑いながらわしわしとフレデリックの頭を強めに撫でる。揺れる頭にフレデリックが腕を掴んで抗議すると、叔父はまた「そうかそうか!」と楽しそうにぽん、と軽く撫でた。
「よし、じゃぁそれは明日の朝食の時だな!」
「え!?明日の朝食ですか!?」
「おう、朝食は何もなければいつも兄上とセシリアとティーナと一緒に食べるだろ?明日はどっちも予定なんぞ入ってないし一緒のはずだ」
「う……そう、ですけど……」
父も母も、常に忙しくしているので中々一緒に過ごす時間が取れない。けれど朝食だけは、特別な何かが無い限りは必ず四人で一緒に食べるようにしているのだ。叔父と、叔母のオリヴィアはほとんど別なのだが。
「あ、明日、ですか?」
「そうだよ。明日の朝、食堂に行ったら何より先に兄上に抱き着け。んで、言ってやれ。セシリアはその後だな。セシリアは兄上と違ってちゃんと待てるからな」
「ま、待てるって………」
あまりに急な話にフレデリックが目を白黒させていると、叔父がふっと何かに気が付いたように「ああ」と頷いた。
「そうだ、フレッド。兄上とセシリアにしたらティーナもちゃんと抱きしめてやれよ?大好きだって、大切だって、ちゃんと伝えろよ?」
「え!何でティーナ!?」
フレデリックがぎょっとして大きな声を上げると、叔父が呆れたように「あのなぁ」と眉間にしわを寄せた。
「お前、逆の立場で考えてみろよ…。目の前で自分の兄上と父上と母上が抱き合ってるんだぞ?自分だけ仲間外れとか…どう思うよ?」
「……泣きます」
「だろ?そういうことはちゃんと考えろよ?」
きゅっと鼻を摘ままれてフレデリックは思わず頭を後ろに引いた。とたんに叔父の指から逃れた鼻の先がぴりっとする。
「ふぇ!?っ叔父上、痛い!」
「ははっ、そうかそうか」
フレデリックが鼻を押さえながらむくれると、叔父は笑いながらまたフレデリックの頭をぎゅっと抱き寄せて頭に頬を乗せた。
むくれながらも目を閉じてそっと叔父の胸に寄りかかると、とくりとくりと力強く響く叔父の鼓動が聞こえてくる。確かな命の音に今日の出来事がひとつ、ひとつと染み込んでいく。目を開くと、フレデリックの中ですとんと落ちるように覚悟が決まった。
「分かり、ました。僕は明日の朝、父上と母上と…それとティーナを抱きしめて、大好きだって伝えます。ありがとうと、ごめんなさいと……それから、僕にとってどれほど家族が大切なのか、を。大切な家族だから…………ああ!!!」
とても大切なことに気が付いて思わず大きな声を上げると、フレデリックはぱっと叔父の膝の上から飛び降りた。
「ぅお?どうした??」
振り向けば、突然のことに叔父が驚いたように目を丸くしてフレデリックをきょとんと見つめている。
「また僕は、気付いてなかった………」
「ん?何がだ?」
フレデリックと同じ濃紫の、フレデリックよりずっと深い瞳が困惑したようにぱちくりと何度も瞬いている。今更気が付いた事実に、フレデリックは愕然とした。
「そうだ………僕の、大切な家族」
フレデリックはぐっと背筋を伸ばし、息を大きく吸い込むと震えそうになる唇にぐっと力を入れ、きっと睨むように叔父を見据えた。
「叔父上!!」
「おう!?なんだ!?」
フレデリックが思っていたよりも響いた大きな声に、叔父も驚いたように返事をしてピシッと座ったまま背筋を伸ばした。その様子がなんだかおかしくて、怯みそうになっていた心がぐっと熱を持つ。
フレデリックはもう一度大きく息を吸い込むと、勢いのままに大きく口を開いた。
「叔父上!ありがとうございます!ごめんなさい!それから…大好きです!!!」
にかっとはしたなく笑うと、フレデリックは驚いたように目と口をぱっかりと開いた叔父に、腕をぐっと広げて思いっ切り飛びついた。




