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ある王宮の日常とささやかな非日常について(シリーズまとめ版)  作者: あいの あお
第八章 王子殿下の冒険と王家男子の事情について

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63.信じる


 もっと見たいのに、もっと知りたいのに、叔父の濃紫の瞳は深すぎてフレデリックにはやっぱりまだ分からない。フレデリックがもどかしさにきゅっと唇を噛みしめていると、叔父がぽつりと、噛みしめるように言った。

 

「だからな、フレッド。選べ。選んだら、信じろ。選ぶために……自分を磨け。まずは、自分自身を信じられるように」

「自分自身を、信じられるように」

「おう」


 ゆっくりと振り向いた叔父の表情はまた月光の影になり良く見えない。煌めく銀の髪と微笑む口元だけが美しい。なのになぜか、とても悲しげに見える。


 ちくりと、フレデリックの胸が痛んだ。叔父が悲し気な理由も分からないが、何よりもフレデリックは自分自身が分からない。


「僕はまだ…自分を信じられません…」


 フレデリックはぐっと唇を引き結んだ。


「僕は、僕は今日、僕ならどうにかなると己惚れました。己惚れた結果友人たちを…僕自身を危険に晒しました。叔父上たちのが来て下さったから無事でしたが………僕は、沢山のものを壊して、失くすところでした。僕は僕を、信じられません………」

「馬鹿かお前は」

「いたっ!?」


 ぴんっ、と叔父がフレデリックの鼻を指ではじいた。軽くはじかれただけなのに、思いの外痛くてフレデリックはぱっと両手で鼻を隠した。


「はい!?馬鹿!?」

「おう、馬鹿だろお前。たかだか九歳のガキが何言ってやがる」


 フレデリックの頭上で「はっ」と叔父が鼻で笑った。口元しか見えなくてもわかる。物凄く馬鹿にした顔で叔父はフレデリックを見下ろしている。


「いいか、お前は子供だ。無茶すんのは子供の特権だ。んで、その子供の無茶を拾い上げて守ってやるのが大人の義務であり特権なんだよ」


 今度はぐしゃぐしゃと、フレデリックの頭が振り回されるほど乱暴に叔父はフレデリックの頭を撫でた。


「ちょ、叔父上痛いです!」

「そうか痛いか、良かったな」

「良くありません!」


 フレデリックが両手で叔父の手を押さえようとすると、からからと楽しそうに叔父が声を上げた。


「あのなフレッド。お前は今のうちに散々無茶して、騙されて、失敗して、それで自分の目を磨け。感覚を研ぎ澄ませろ。俺たち大人が守ってやれるうちに、目いっぱい暴れろ。馬鹿になれ。今しかないんだ………良い子でなんて、いるんじゃねえよ」


 酷く優しい声がして、くしゃりと、フレデリックの頭が静かに撫でられた。

 満月を背に長椅子に寄りかかりフレデリックを見下ろす叔父の顔はやはりよく見えない。けれど叔父の手があまりにも優しくて温かくて、フレデリックは耐えきれずにへにゃりと眉を下げた。


 そのままじっと見つめていると、叔父の口角がきゅっと、上がった。


「そうだな……それでも不安ならな、フレッド。俺を信じろ」


 ひょいと、またフレデリックの体が持ち上げられた。今度は下ろされることなく、気が付けばずいぶんと視界が高くなっている。叔父はそのまま立ち上がり、フレデリックを抱き上げて左腕に座らせた。


「俺は、やっぱり信じられないか?」


 視線を合わせた叔父がきゅっと鼻にしわを寄せてにやりと笑った。フレデリックが慌ててぶんぶんと勢いよく顔を横に振ると、叔父はにかっと破顔した。


「おう、じゃ、まずは俺を信じろ。俺が信じる連中を信じろ。信じて頼れ。いざとなれば、俺たちが必ず助けてやるさ。今日みたいにな!!」


 叔父が右手でまたぽんっとフレデリックの頭を撫でる。フレデリックの頭がすっぽりと包まれてしまう大きな叔父の手。先ほど押さえようとした時、その手のひらの硬さに驚いた。


「今日、長剣を持って、大蛇から僕たちを救ってくれたみたいに、格好良く?」

「おう。どこへだって駆けつけてやる」


 ごちん、と叔父はまたフレデリックと額を合わせて笑った。

 助けに来てくれた時、大蛇を前に長剣を握り立っていた叔父は力強く、優雅で、そして圧倒的に美しかった。強さも優しさも美しさも、全ては叔父の努力の結果なのだと今なら分かる。


「叔父上は、迷うことは無いのですか?」

「ん?あるぞ?しょっちゅう迷ってるし、悩んでるし、間違えるし、立てなくなるし。その度にベンジャミンに尻を叩かれるな」

「ベンジャミンが?」

「おう。ジェサイアは滅茶苦茶でも鍛錬に付き合ってくれるし、アニーは何しててもすっ飛んで来て小言をくれる。まぁ、他の連中もそれぞれ何だかんだ世話を焼いてくれるからな。いつまでも腐ってらんねえんだよ」


 どこか照れくさそうに叔父が笑う。その顔がどんな言葉よりも分かり易く叔父の気持ちを表しているようで、フレデリックの口角もなぜだか段々と上がってしまう。


「叔父上は、ベンジャミン達を信じてる?」

「おう、信じてるな」

「ベンジャミン達も叔父上を信じてる?」

「まぁ、たぶんな?」

「だから叔父上は、自分の足で立って、歩いて行く?」

「だな。俺はひとりじゃねえからな。応えるためにも、俺は後ろ指をさされようと何を言われようと、俺の守るべきもんのために、俺の道を行くだけだよ」

「叔父上の道を、行くだけ」

「おう」


 フレデリックが噛みしめるように繰り返すと、叔父は嬉しそうに頷いてまたくしゃりとフレデリックの頭を撫でた。何か温かいものが溢れてしまいそうで、フレデリックは何度も瞬いて、それからもう一度「信じる」と呟いた。


 それから叔父に向き直るとフレデリックはにっと、叔父のまねをしてはしたなく笑った。

 

「叔父上、僕は叔父上みたいにならない。それでも、僕はやっぱり、叔父上みたいになりたい!」

「ははっ、そうかよ!」


 叔父も同じようにはしたなくにっと笑うと、一度だけ瞬きをしてまたゆっくりと歩き出した。


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