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ある王宮の日常とささやかな非日常について(シリーズまとめ版)  作者: あいの あお
第八章 王子殿下の冒険と王家男子の事情について

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59.完璧な淑女


「…オルムステッド卿、フェネリー卿」


 叔父の首筋に縋りつき、叔父に甘えている気恥しさからフレデリックはそっと視線だけを叔父の側近へと向けると、ふたりがフレデリックを見て同時に「はい」と頷いた。


「ありがとう…ごめんなさい」


 フレデリックが叔父の肩口に顔を埋めたままもごもごと言うと、ぱちくりと目を瞬かせてベンジャミンが困ったように笑った。


「どうぞベンジャミンと。そこは殿下の叔父上のようにふんぞり返って『悪かったな!』で良いのですよ。王族がむやみに礼や謝罪をしてはなりません………ですが、確かに受け取りましたよ」


 ふわりと、ベンジャミンの笑みが優しいものに変わった。


「ジェサイアです」

「うん……」


 ジェサイアも頷き、そうして目を細めてほんのりと口角を上げた。


 フレデリックは文官に教えられたままに、ベンジャミンはずる賢くて嫌な人だと思っていた。ジェサイアは何を考えているのか分からない、恐ろしい人だと思っていた。

 けれどベンジャミンは厳しいけれど優しい人だし、ジェサイアはちゃんと見れば小さな変化にこんなにも親しみと温もりを込めてくれている。

 今までのフレデリックは気が付けなかった。けれどもう、そんな風には思わない。見えるようになったから。


「おい、『悪かったな!』なんて言わせたら俺がセシリアに怒られるだろうが」

「だったらもう少し公では言葉を選んではいかがです」

「選んでるだろう!一応!」

「不足なんですよ、もう少し王子殿下を見習ったらいかがです」


 ねぇ?とフレデリックに小首をかしげるベンジャミンが面白くてフレデリックも思わず笑った。ふと振り返ると、ハリエットもにこにこと楽しそうに笑っている。


「ハリエットも…ありがとう」

「いいえ……良く、頑張られましたね」


 ハリエットは何を、とは言わない。けれども心からねぎらってくれていることの分かる、フレデリックの心もふわりと浮き上がるような温かい声と笑みだ。


 派手な赤い髪の印象と完璧な淑女の噂だけで、貴族らしく高慢で気の強い礼儀に厳しい人だとばかり思っていた。ちゃんと目を合わせればこんなにも優しく笑ってくれる人だったのに。

 フレデリックもハリエットにへらりと笑い返したけれど、どうしようもなく泣きたくなってすぐに顔が崩れてしまった。


「さて、と。邪魔になる前に行くか!」


 叔父が区切るようにぽんぽんとフレデリックの頭を撫でた。「そうですね」と頷く側近たちに「明日だな」と笑うと、叔父はふとハリエットを振り返った。


「そういやそれ、似合ってるぞ」


 とんとん、と叔父は自分の首元を叩いた。ちらりとハリエットの首元を見ると、緑と赤の四つ葉のクローバーのブローチが光っている。


「ありがとうございます……式には呼んで良いのよね?ライ」

「当たり前だろ、呼ばないと雨降らせるぞ」

「呼ぶから必ず晴れにしてね」

「え、ライ?」


 とても親し気な呼び名にフレデリックは目をぱちぱちと瞬かせた。


「おう、そうだな」

「そうですね、つい癖で」


 にやりと笑う叔父、王弟ライオネルに、ハリエットは口を開けて楽しそうに笑っている。


「ハリエットは、楽しそうに笑うんだな」

「申し訳ありません、はしたなかったですね」

「いや、良いんだ。それがハリエットの本当の笑顔なら、良いんだ。時と場所は選ぶ必要があるが、その人らしい笑顔こそが何より美しいと思う」

「ふふふ、ありがとうございます」


 そうフレデリックが頷くと、ハリエットはまた楽しそうに口を開けて笑った。脳裏に、あの茶会の日に口を大きく開けて笑った少女の顔が浮かぶ。


「だから………良いんだ」


 淑女らしい微笑みこそが美しいのだと思っていた。けれどこうして笑うハリエットは完璧な淑女の時よりずっと綺麗で。なぜだか胸が詰まってしまい、フレデリックもにっと、叔父の真似をしてはしたなく笑った。

 フレデリックは何もかも間違ってばかりだった。今それに気づくことができて本当に良かったとフレデリックは思う。きっとまだ、間に合うはずだ。


「じゃぁな、任せたぞ」

「ええ、任されました」


 きゅと胸元でこぶしを握るとハリエットはまた明るく笑い、手を振り去って行った。


「ハリエットは、完璧な淑女じゃないですが、間違いなく完璧な淑女、なんですね」

「おう、そうだな。あいつは完璧じゃない。でも、完璧な淑女なんだよ」


 フレデリックが泣き笑いで叔父を振り返ると、叔父がまたくしゃりと、フレデリックの頭を撫でてくれた。


「ではレオ、私たちも下がりますよ」

「ああ、遅くまで悪かったな…っと、あー……。明日も…悪いな」

「今更ですよ、叱られるときは一緒だと約束してるでしょうに」

「はは……全く、お前らは本当に面白いよ」


 呆れたように「当たり前だ」と笑うベンジャミンに、ジェサイアが目を閉じ同調するように静かに頷く。「それでは殿下、おやすみなさいませ」とふたりはフレデリックに丁寧に腰を折り去って行った。


「俺には無いのかよ…」


 ぽつりと呟く叔父に、フレデリックはまたこらえきれずににっとはしたなく笑った。


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