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ある王宮の日常とささやかな非日常について(シリーズまとめ版)  作者: あいの あお
第八章 王子殿下の冒険と王家男子の事情について

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57.父と母


 全員が茶を飲み終わったのを見届けると「さて」と母がまた上座で腕を組み仁王立ちをした。座っていた面々はまるで号令がかかったかのように同時にぴしりと背を伸ばし座り直した。


「治療の報告は受けているけれど…全員、その後痛みや体調不良は出ていないかしら?」

「無いよ」

「なんにも?」


 固めたように背筋を伸ばしたままで父が答え、叔父が肩をすくめて笑った。フレデリックもとっさに首をふるふると横に振る。叔父の側近ふたりは黙って目礼をした。

 それを見ていた母が、また小さくため息を吐くと目を閉じ、ぐっと眉根にしわを寄せてひとつ首を横に振った。


「そう…なら良いわ…。あなたたち、全員今すぐ寝なさい」

「ええ!?」


 フレデリックは思わず大声を上げて前のめりになった。膝がテーブルにぶつかり、カップががちゃりと音を立てた。

 ちらりと応接室に置かれた立派なホールクロックを見れば、すでに普段フレデリックが寝る時間の一時間前になっている。


「あの、母上…お説教…は…?」


 フレデリックはどうして良いのか分からず前のめりになったままで視線を泳がせた。


 フレデリックはここで母に伝えようと覚悟を決めて来たのだ。

 大切な友だちはフレデリックの我がままを飲んでくれただけで、父と叔父はフレデリックたちを守ってくれただけで、全部フレデリックが悪いのだ、と。そう、母に告げてフレデリックなりの責任を取るつもりで来たのだ。


「あの、僕は、母上とお話することが」

「お黙りなさい、フレデリック」


 フレデリックがぱっと母を見上げると、いつもよりも低くかたい声が降って来てフレデリックは隣の父に負けないぐらい背を伸ばして固まった。


「う、はい」

「いいこと、フレデリック。治療も済んで、体も綺麗にして、お腹も満たして。そうしたらあとは寝るだけよ。全てはそれから。さっさと寝なさい!」

「ひゃぃ!」


 じろりと、母に高い位置から睨みつけられてフレデリックは思わずぶるりと身震いした。

 叔父の真顔も本当に怖かったが、美人というのは真剣に怒ると本当に恐ろしいのだとフレデリックは再確認した。


「あの、でも、僕は………?」


 それでも、フレデリックのために無茶をしてくれた人たちのためにも今だけは怯むわけにはいかないと、眉間にぐっと力を入れて下がりそうになる視線を上げて母の目を見つめると、ふと、小さな違和感に気づいた。


「母う…え…………?」


 フレデリックはじっと、母の目を見つめたまま小首を傾げた。

 怒る母は怖いのに。じっと上から見下ろす母の視線は恐ろしいのに。燭台の灯の反射か、睨みつける目元が赤く若草色の瞳が薄っすらと濡れて輝いているように見える。


「母上、あの、泣いて……?」

「よし、フレッド!まずは寝るぞ!!」

「!?」


 いつの間に後ろに立っていたのか、脇にすっと手を入れられてソファ越しにひょいと叔父に抱え上げられた。


「あ、叔父上!?」

「レオ!?」


 ぎょっとしてフレデリックが叔父の首元に腕を回すと叔父はにやりと笑い、驚いて振り返った父を見てすっと濃紫の瞳を細めた。


「兄上」


 静かな叔父の低い声に、父がぴくりと肩を揺らした。


「分かりますね?」


 言葉少なに薄く微笑みじっと父を見つめる叔父の視線は優しくて、けれどとても……とても不思議な、フレデリックには分からない何かが揺れている。

 しばらく見つめ合うと、父がやはりフレデリックには分からない、けれどもとても優しい目をして、頷いた。


「うん、ありがとうレオ………ごめんね」


 眉を下げて微笑み頷く父ににやりと笑って肩を竦めると、叔父はフレデリックを抱いていない方の手を少し上げてパパっと二回払うように振った。するとそれを合図とするように侍女と側近たちが素早く動き、テーブルを片づけ周囲を整え、一礼して静かに扉を出て行った。


「よしフレッド。父上と母上に夜のご挨拶だな」


 叔父にそっと絨毯の上に下ろされ、毛足の長い絨毯にフレデリックの足がふくりと沈む。

 訳も分からず叔父を見上げると、叔父は静かに微笑んで頷いた。


「あ……」


 叔父の目はとても優しいのに、なぜと問うことも逆らうことも許されない気がして、フレデリックはきゅっと唇を噛んで父と母へと向き直った。


「………父上、母上、おやすみなさいませ」

「ああ、おやすみフレッド」

「おやすみなさい。ちゃんと休むのよ…ゆっくりとね」


 もやもやとする心を押し殺して一礼して夜の挨拶をすると、父と母が頷いて応えてくれた。


「それでは、失礼する」


 叔父は父と母に一礼をするとそっとフレデリックの背を押し扉へと向かった。


 扉をくぐる前フレデリックがちらりと後ろを振り向くと、父が立ち上がり「ごめんセシィ…」と母へ手を伸ばすのが見えた。母の頬には一筋光るものが流れたように見えたが、叔父にぽんっと急かすように背を押されてぱたりと扉が閉められた。


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