55.まずは食べる
全ての皿がテーブルに並び小皿が行き渡ったのを見て「良いわね」とひとつ頷くと、母が仁王立ちのままで腰に手をあててぐっと顎を逸らした。
「まずは食べなさい。この際作法なんてどうでも良いわ。さっさと食べる!説教はそれからよ」
大きな皿から銀の蓋が外されていく。
「サンドイッチ……と、焼き菓子?」
皿の上に載っていたのは食べやすいよう小さく切られたサンドイッチに小さな焼き菓子、カットされたフルーツにチーズやハムの乗ったカナッペなど。どれも手で取りそのまま食べられるようなものばかりだった。
「え、っと?」
母は食べろというが誰も動こうとしない。どうすれば良いかわからずちらりと叔父を見ると、片目をぱちりと瞑った叔父がまたにやりと笑って父を見た。
「ほら兄上。兄上がまず取らないと誰も取らないですよ。説教以外にそこも義姉上に怒られたいですか?」
「ぅ……食べる、食べます…」
ぎぎぎぎぎ、と音がしそうなほどぎこちなく父がテーブルに手を伸ばした。
「えっと…これ、かな」
ローストビーフとクレソンと思われるサンドイッチをひとつ手に取ると皿に置き、じっと見つめると覚悟を決めたようにぱくりと、ひとくちで食べた。もぐもぐと咀嚼する父を母がじっと無表情で眺めている。もちろん、仁王立ちしたままだ。
「美味しい、です…」
父がごくりと飲み込むのを見届け、母がため息を吐いた。
「ルイザ」
小さく一礼した侍女長がそっとオレンジジュースのグラスを父の横に置いた。父が慌てたようにオレンジジュースを一気に飲むと、見計らったように侍女長が代わりのオレンジジュースのグラスと入れ替えた。
ふと横に気配を感じて振り向くと、いつの間にかフレデリックの横にはグラスに入った冷たいミルクが置かれている。叔父にはオレンジジュース、ベンジャミンにはレモンの入った炭酸の何かだ。
「緑、色?」
ジェサイアには何だかよく分からない緑色のどろっとした液体が用意された。初めて見るその液体をじっと見つめていると、叔父に「飲んでみるか?」と聞かれてフレデリックはぶんぶんと必死に首を横に振った。
「そうか?じゃあフレッド、取れ」
「あっ、はい!」
慌ててフレデリックも玉子のサンドイッチを皿に取ると、叔父は「良し」と笑って一口サイズのキッシュを自分の皿に置いた。
「許す」
「御意に」
ベンジャミンとジェサイアが頷き、それぞれにサンドイッチとカナッペを皿に取った。そうして叔父が口にしたのを確認してからふたりとも口にした。
「上の者が、気を、遣う」
森からの帰り道、叔父に言われた言葉がフレデリックの脳裏で跳ねた。
森にいた時も、今も、叔父は当たり前のように自分の側近にもレナードとアイザックにも目を配っていた。
「人の上に立つ、資格」
フレデリックはハムと野菜が挟まれたふたつ目のサンドイッチを噛みしめると、しっかりと飲みこんだ。
それまで仁王立ちでフレデリックたちを見つめていた母がふわりと上座に座ると、すぐさま母の前に湯気の上がるティーカップが用意された。思わずそちらを振り向くと、「食べなさい」とにこりと微笑まれてしまい、フレデリックは慌ててフルーツをいくつか更に乗せた。
ぽつり、ぽつりと会話はあるが当然ながら弾まない。
特に叔父の側近ふたりが部屋に入った時から無に徹しようとしているように見えたので、フレデリックは母の視線を避けるように声を掛けてみた。
「あの……フェネリー殿とオルムステッド殿はどうして……?」
「どうしてと、申されますと?」
「えっと、どうしてここにいて、しかも座らされ、いえ、父と同席を?」
本来であれば従者と護衛騎士であるベンジャミンとジェサイアが国王である父や王子であるフレデリックと同席することはない。もちろん父が許せばその限りでは無いのだが、フレデリックが首を傾げるとベンジャミンが「ああ」と納得したように頷いてにっこりと笑った。
「いつも通り王妃殿下のお言葉だけは王弟殿下と一緒にちょうだいしようとこちらへ共に伺ったのですが、良いからふたりとも座れと、王妃殿下にお声がけをちょうだいいたしまして」
「問答無用だったな」
「と、いうことでございますね。……噛んでください」
叔父が例の如く大変行儀悪く、けれど優雅に長い脚を組んで皿に山盛りに盛った軽食をぱくぱくと口に放り込みながら笑った。
咀嚼は足りているのかとフレデリックが思わず叔父の口元を凝視すると、フレデリックに微笑みかけたベンジャミンがすぐさま半目になり、無言でオレンジジュースのグラスをそっと手渡して皿にまた軽食をいくつか追加し、ジェサイアは特に気にすることなく淡々と食事を続けた。
「おや」
叔父の側近ふたりには、国王や王妃と同席などさぞかし味のしない軽食なのだろうとフレデリックは気の毒に思ったのだが杞憂だったようで、ベンジャミンが焼き菓子をひとつ口にすると目を見開いた。
「もしやこのフィナンシェは新作でしょうか?」
「そうよ、よく分かったわね?」
「ええ。この香り…先日皇国との取引が始まったばかりの果物では?」
「あらやだ、そこまで分かるのね。悔しいわね、絶対分からないと思ったのに」
「いえ、ちょうど先日いただく機会がございまして。王妃宮の焼き菓子職人はさすがでございますね」
「そうでしょう?私の自慢のひとつよ」
ふふふ、と母が恐ろしくない笑顔で笑い、ベンジャミンはまた嬉しそうに焼き菓子をひとつ口にした。
フレデリックが呆然と見つめていると、叔父を挟んだ反対側ではジェサイアが嬉しそうに緑の飲み物を一気に飲み切り、空になったグラスを見つめて眉を下げていた。
「おかわりはいかがですか?」
「ぜひ」
声を掛けた侍女長にジェサイアは少しだけ口角を上げて頷き、今までずっと無表情で給仕をしていた侍女長の口角を上げさせた。
初めて聞いたジェサイアの声にフレデリックが目を丸くしていると、目が合った叔父が「うまいな」とにやりと笑って焼き菓子をひとつ口に放り込んだ。
ちらりと横を見ると父は無表情でひたすらに咀嚼を繰り返している。
父とフレデリックが小心なのか叔父とその側近が大物なのか……フレデリックは自らもひたすら咀嚼しながら少し遠い目になった。




