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ある王宮の日常とささやかな非日常について(シリーズまとめ版)  作者: あいの あお
第八章 王子殿下の冒険と王家男子の事情について

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54.クリスティーナ


「メイ」

「なんでしょう?殿下」

「母上のところへ向かうのではないのか?」

「向かっておりますよ」


 振り向きもせずにメイはすたすたと王妃宮の廊下を進んでいく。

 湯浴みも終え、治療も終え、身支度も終え。それでは…と満を持して母の元へ向かっているはずが、なぜかメイは母の区画とは別の方へと向かっていた。


「こちらでお待ちでございますよ」

「応接室………?」


 瞬きをして首を傾げたフレデリックににこりと意味深な笑いで返すと、メイはノックをして「王子殿下をお連れいたしました」と声をかけると返事を待たずに扉を開けた。


「あ、あれ?」


 そこにはすでにフレデリック以外全員が揃っており、父はドアから見て左側の大きなソファの奥に。叔父は右側のソファに、ベンジャミンとジェサイアもその隣に順に着座させられていた。

 そうしてそのテーブルセットの上座。扉を入ったフレデリックの真正面に、仁王立ちをした母が腕を組み、ソファに座る四人を睨みつけていた。


「フレッド、座りなさい」


 母はすっとフレデリックに視線を移すとにっこりと笑い父の隣を指さした。そこに座れと言うことだろう。気が付けば扉はすでに閉められ、後ろにいたはずのメイはいつの間にか壁際に移動して背筋を正して目を閉じている。


 もう一度「座りなさい」と微笑んだ母に「はい…」と小さく返事をすると、フレデリックは体を縮めて父の隣へとそろりそろりと移動した。


「失礼します……」

「うん…」


 聞こえるか聞こえないか分からないほど小さくフレデリックが囁くと、これまた聞こえるか聞こえないかの小さな声で、背中を小さく丸めた父が頷いた。


 ソファに座ったとたん、「はぁぁぁぁ………」という地の底から響くような深い深いため息が母の口からこぼれた。フレデリックが「ひっ」と漏れそうになった悲鳴を慌てて飲み込むのと同時に、父の肩がびくりと大きく揺れた。


 そろりと顔を上げれば隣に座る父がしょんぼりと項垂れてちらりとフレデリックを伺っている。

 フレデリックも丸めていた背をゆっくりと伸ばしつつ正面を向くと、母の圧など何も感じていないように足を組み、背もたれに寄りかかっていた叔父とばちりと目が合った。


「よう、フレッド」


 にやり、と叔父が笑った。叔父の両隣では相変わらず微笑を浮かべたままのベンジャミンがにこりと笑みを深くし、無表情のジェサイアが無言のまま軽く一礼した。

 その様子を見ていた母は一瞬だけ口元をぴくりと動かし、まるで手本のような笑顔を浮かべたままでひとりひとりの顔をゆっくりと見回した。


「揃ったわね。……ルイザ、良い?」

「はい」


 いつの間にそこに居たのか、扉の前に立っていた母の侍女長がすっと一礼し部屋から出て行った。


「あれ……?」


 そういえば、とフレデリックは応接室をぐるりと見回した。いつも母の傍らに控えている派手な赤髪の侍女がいない。

 フレデリックが王宮へ帰還した時、クリスティーナは乳母ではなくあの赤髪の侍女に抱かれて眠っていた。もちろん部屋にはクリスティーナもいない。


「ティーナ……?あっ」


 ばっと、フレデリックは慌てて自分の口を両手で覆った。

 クリスティーナのことは気になるが今では無い。恐る恐る母を見上げると、身じろぎの音すら大きく聞こえるほど静かな部屋ではフレデリックの小さな呟きも大きく響いてしまったらしく、すっと目を細くした母がまたにこりと、凄みを感じるほど美しくフレデリックに微笑んだ。


「ティーナは起きると面倒だから起こさないように部屋に戻したわ」

「そう、ですか」


 フレデリックが視線を合わせられずに曖昧に微笑むと、母はどこか疲れたように、困ったように眉を寄せた。


「あなたたちが無事に戻るまで絶対に正門で待つと言い張ってね。あの子の乳母や侍女では手に負えなかったから、うちのハリエットを貸し出したのよ。本当に…あの口達者はいったい誰に似たのかしらね………」

「義姉上でしょう、見た目も中身もそのまんま」


 叔父が気だるそうにソファに寄りかかりにんまりと笑った。


「ひっ」


 ぶわりと、フレデリックの全身の毛穴が開いた気がした。引きつった悲鳴が漏れたのはフレデリックの口だったのか父の口だったのか。


 フレデリックも思いはしたのだ、母に似ている、と。けれど、思うのと口にするのは全く違う。父は隣で完全に固まっており、叔父の側近ふたりも何も聞こえなかったようにそれぞれ静かに気配を消している。

 恐ろしくて母の方を見ることができず目を泳がせていると、「あらそう?ありがとう」と母が冷たく美しい声で微笑む気配と「将来が楽しみだろ?」と笑う叔父の声がした。


「あ、の、母上……ハリエットは、若く、見えたのですが、その」

「ああ、ハリエットは子供慣れしてるのよ。しばらく子供たちと一緒にいたから………懐かしいわね」

 

 半ば現実逃避気味にフレデリックが話題を変えようと頭を回らせると、どこか懐かしそうに切なそうに母の視線が落ちた。


 赤髪の侍女ハリエットは母が輿入れした時から仕えている古参だと聞いているが、いつ子供たちと過ごすことがあったのだろう。フレデリックが不思議に思い首をかしげていると、扉が三度ノックされた。


 ゆっくりと扉が大きく開き侍女長が戻って来た。後ろには、数人の侍女がワゴンを押している。


「失礼いたします。大変お待たせいたしました」

「お願いね」


 先ほどの寂し気な表情が嘘のように美しい微笑に戻った母が頷くと、侍女たちがワゴンから銀の蓋のされた大きめの皿を取り出して広めの応接テーブルに次々と並べていく。同時に侍女長が何も言わずにフレデリックたちの前に小皿を並べた。


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