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ある王宮の日常とささやかな非日常について(シリーズまとめ版)  作者: あいの あお
第八章 王子殿下の冒険と王家男子の事情について

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53.リンドグレン


「殿下、どうされました?」

「メイ……僕は、メイの大切な息子を、レナードを危うく死なせるところだった」


 どうしても目を合わせていられずフレデリックが少し俯いたまま言うと、メイは一瞬目を見開いて、それから促すように「はい」と頷いた。


「僕は、僕はやっと気が付いたんだ。今の僕は、第一王子ではあるが王太子に相応しくない。でもレナードは、そんな僕を守るために、敵わないと知りながら剣を取り立ち向かってくれた。自分が倒れてもなお、アイザックや僕を優先して、僕たちを生かそうとしてくれた」


 フレデリックはぎゅっと、膝の上に置いた両手を握り締めた。どれほどレナードが頑張ってくれたのかを伝えたいのに、どうしようもなく言葉が足りない。伝えたいことの半分も伝えられない気がして、フレデリックは思い切って顔を上げた。


 フレデリックを見つめるメイと目が合った。じっとフレデリックを見つめるレナードと同じ色の瞳にフレデリックは泣きそうになったが、一度だけ唇を噛むと、弱音ごとごくりと飲みこんだ。


「レナードは、いつだって、どんな時だって、誰よりも落ち着いて僕たちを支えてくれたんだ。レナードがいたから僕らは無事だった。無茶をしたのは僕だ。無理を言ったのは僕だ。責められるべきは僕だけなんだ」


 フレデリックはふるりと首を横に振った。メイは表情を変えることなくじっとフレデリックを見つめている。その視線に怯みそうになるが、フレデリックはぐっと、こぶしを握って耐えた。


「だから、お願いだ、メイ。レナードを怒らないでやって欲しい。レナードはただ、僕たちを守ってくれただけなんだ」


 フレデリックはもう一度メイの目を見つめたまま「お願いだ」と繰り返すと、ゆっくりと頭を下げた。


 メイには王族が頭を下げるなと、いつものように怒られるかもしれない。それでも今のフレデリックにできるのは、レナードのために頭を下げることだけだ。どれだけレナードが頑張ってくれたのかを、メイに伝えることだけだ。


 しばらくそのまま頭を下げていると、ふぅ、と珍しくメイがため息を吐いた。驚いてフレデリックが顔を上げると、怒っているかと思ったメイは、呆れたように微笑んでフレデリックを見つめていた。


「殿下、あの子は殿下の護衛になるのです」


 困ったように笑うと、メイは手を伸ばしてそっとフレデリックの頭を撫でた。

 いつ振りだろう、最近はこうした触れ合いは無くなっていたが、久方ぶりに撫でてくれるメイの手はフレデリックの記憶にあるよりもずっと小さく、けれどとても温かい。


「もしもその状況で剣を取らずに腰を抜かすようなことがあれば、私も夫も決してあの子を許しはしなかったでしょう。それが殿下の護衛である、ということです」


 ゆっくりと、メイは諭すようにひとつひとつゆっくりと言葉を紡いでいく。


「あの子はまだ九歳ではありますが『その』覚悟は十分にしているはずです。私も、夫もです」

「っ!」


 フレデリックは目を見開いた。それから、思い出した。レナードは始めから何度も言っていた。レナードはフレデリックを守るのが役目で、フレデリックが行くならどこへでも行く、と。


「そ、うか。覚悟、か」

「ええ。覚悟です」


 またも見えていないものがあったことに気が付き、フレデリックの唇が震えた。はくりと、息を飲むと、メイがどこか嬉しそうに微笑んだ。


「それでも……殿下がレナードのことをそうして認めて庇ってくださることを、レナードの母として、フレデリック様の乳母として、とても嬉しく誇らしく思いますよ」


 そう言ってフレデリックの頬を撫で、静かに微笑むメイの目尻に笑いじわが寄る。フレデリックとメイに名で呼ばれるのも久しぶりだ。

 あまりにも優しい微笑みにフレデリックは泣きそうになって、にかっと叔父と同じようにはしたなく笑い、その笑顔の下に隠して涙をなんとか飲み込んだ。


「っああ、僕の大切な側近で……かけがえのない友なんだ」


 そう、笑ったつもりなのにどうしても泣き笑いのようになってしまう。それでもフレデリックは何とか届いて欲しいと手を伸ばしてメイの手をぎゅっと握りメイの目をまっすぐに見つめた。

 

「だから、まだこれからも、僕にメイの大切な息子を預けてもらえるだろうか?」


 メイは目を見開き、それからゆっくりと数度瞬くと、眉を下げて懐かしむように、どこか切なげに微笑んだ。


「……良いお顔を、なさるようになりましたね」

「そう、だろうか?」

「はい。良く、お育ちになられました」


 メイはそう言うと一度俯き、ゆっくりと息を吐いて「本当に良く、お育ちになられました」と呟いた。


「メイ?」


 メイの様子に不安になってフレデリックが首を傾げると、メイはゆっくりと顔を上げて「いいえ」と困ったように首を横に振った。


「メイ、レナードのこと………」


 フレデリックが眉を下げて言葉を切ると、メイはこくりと頷き、それからふわりと微笑んだ。


「殿下と、あの子がそれを望むのなら。リンドグレンは自らの意志で主君を選びます」

「そうか、僕は望む」

「あの子は幸せですね」

「そうだと、良いと思う」

「主君に望まれる騎士ほど幸せなものはありませんよ」


 にこりと笑ってフレデリックの手をぎゅっと握り返してくれたメイに、フレデリックも「うん」と頷き微笑んだ。


「レナードも、そう思ってくれると良いな」


 何も言わずに笑みを深くしたメイの瞳にレナードを思い出し、フレデリックはまた泣きそうになった。何度か瞬いてみたけれど、今度は飲み込み切れずにひと粒だけうっかりこぼしてしまった。


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