52.メイ
そのままメイに連れられて王妃宮の自室に連れ戻され、フレデリックは何も言わずに微笑むメイに暴食蛙の粘液と土で汚れた服をべりりと脱がされた。
そうしてそのまま少し熱めの風呂に放り込まれ、いつもよりも気持ち乱暴にごしごしと洗われた。
「~~~~~~っ」
痛い、とはフレデリックは言わなかった。
湯と石鹸がところどころにある擦り傷と切り傷に染みたがフレデリックは黙って耐えた。言える立場でも無いが、それより何より怖くて言えない。フレデリックはひたすら唇を噛みしめて、耐えた。
頭の先から足の先まで、体中から茶色い泡が流れ落ちていく。二度、三度と洗われるうちに、徐々に泡が白くなってきた。
「ぶわっ!?」
頭の上から大きめの桶でざばりとお湯が何度もかけられフレデリックは思わず声を上げた。
フレデリックが呆然と立ち尽くしていると、しっかり泡が落ちたようで今度は頭のてっぺんから大きなタオルでぐるぐる巻きにされてしまった。
「………メイ?」
見えない視界の向こう、ぎゅっと、タオルの上から抱きしめられた感覚がした。
「…っ…ふっ…」
押し殺すような声が聞こえて、フレデリックはぐるぐる巻きのまま目を見開いた。
フレデリックをタオル越しに抱きしめるその腕が微かに震えている。タオルでぐるぐる巻きにされているフレデリックには見えないけれど、メイが泣いているのだと分かった。
「メイ…ごめん…」
もごもごとタオルの中で謝ると、メイの首がふるふると横に振られた感覚がした。ぐるぐる巻きのままではメイの顔を見ることも抱きしめ返すこともできない。「ごめん」とフレデリックがもう一度謝ると、小さな声で「はい」と聞こえた。
ぐるぐる巻きのままで部屋に戻されタオルから顔を出すと、目の前にはメイではなく、にこにこと笑う侍医が立っていた。
「メ、メイ?」
パッと後ろを向けば、目元の赤いメイがフレデリックを見てにっこりと笑った。
「よろしくお願いいたします」
「承りました」
メイにそっと背を押されて侍医の前へ行くと、侍医はフレデリックの傷をひとつひとつ確認していく。
「い、いたっ!?」
「ご安心ください。良く効きますから」
「そ、そうか?!」
そう言ってにっこりと笑った侍医は体中の擦り傷と打ち身に傷薬を塗っていく。これは間違いなくいつもより染みる薬だと、フレデリックは涙目で歯を食いしばった。
よく頑張りましたと笑いながら帰って行った侍医を見送り着替えを終えてから、フレデリックはどうしても気になってメイを呼びとめた。
「メイ、その、レナードは?」
周囲を片づけていたメイは手を止めて振り返ると、二度ほど瞬きをして微笑んだ。
「治療の後に夫が連れ帰りました。治療中も起きないくらいよく眠っていましたから、お説教は明日ですね」
「う…そうか……」
「はい。明日には相当、夫に絞られると思いますよ」
「それは…何と言うか……」
「無事だからこそ、ですよ。レナードも、殿下も」
くすくすと笑うメイに、こんな風にメイが笑うならきっとレナードは大丈夫だとフレデリックはほっとして、それと同時にじわりと胸が苦しくなった。
「スペンサー令息もご両親に連れられて帰りましたよ。数日は出仕させず様子を見るとのことでした」
「そう、か……」
フレデリックの視線が落ちた。何を言えばいいか分からずただ俯いていると、メイが静かにまた片づけを始めた気配がする。
フレデリックの座る場所からは時計が見えず今が何時なのかも分からない。王妃宮はあまりにも静かで、時計の針とメイが動く音しか聞こえない。
レナードはもう、護衛になってくれないかもしれない。アイザックにはもう、二度と会えないかもしれない。漠然とそんな気がして、フレデリックの胸がまたじわりと苦しくなる。息が詰まって仕方がない。
けれどそれでも。たとえ二度と会えなくても、フレデリックにはまだやらなければならないことがある。王族として最後まで、取らねばならない責任がある。
叔父の言葉を思い出し、フレデリックは一度目を閉じて大きく息を吸うと、ゆっくりと吐き出して目を開いた。
「………メイ、明日から数日は休んで。レナードの側にいてやってほしい」
「殿下?」
片づけを終えたらしいメイが目を瞬かせてフレデリックの元へやって来ると視線を合わせるようにフレデリックの前に膝をついた。




