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ある王宮の日常とささやかな非日常について(シリーズまとめ版)  作者: あいの あお
第八章 王子殿下の冒険と王家男子の事情について

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50.大きくて温かい


 失われた命は戻らない。それがどんな理由で失われたとしても、誰であっても、だ。

 それなのに、今の今までフレデリックは、残された人たちがどれほど辛い思いをするかなど考えたことも無かった。


「あ……僕………」


 じわりと熱を持つ目の奥で、いくつもの場面が思い浮かんでは消えていく。


 今日、フレデリックは大切な友人と自分の命を危険に晒してしまった。大丈夫だと、自分たちには何も起こらないと、どこかで思い上がっていた。


「僕は、どうして……」


 フレデリックはずっと自分は賢いと思っていた。この数ヶ月でやっと自分の視野が狭いことには気が付くことができて、どこかでもう大丈夫だと安心していた。そんなはず、無かったのに。まだフレデリックはこんなに浅はかで愚かだったのに。


 ぽん、とフレデリックの背を大きな手が撫でるように優しく叩いた。


「叔父上……」

「ん?」


 ゆるゆると振り返れば、とても近い場所で叔父の濃紫の瞳がフレデリックを見つめていた。


「叔父上、僕は」

「良い、良いから」


 くしゃりと、叔父がフレデリックの頭を撫でた。それから叔父は父の方を振り向くと、フレデリックにしたのと同じように、そっと背を撫でるようにぽん、と父の背を叩いた。


 しばらくの沈黙ののち、父はゆっくりと顔を上げてフレデリックを振り返った。

 その瞳に涙は無く目元も赤くなってはいなかったけれど、困ったように下がった眉と無理やり上げた口角が父の複雑な感情を表しているようで、フレデリックはまた胸の奥をぎゅっと掴まれた気がした。


 しばらく見つめ合っていると、ふと、父が口角を上げて「フレッド」と微笑んだ。


「母様には、私が話したことは内緒だよ?きっと何でもない顔をしてくれると思うけど………沢山の、沢山の思いを抱えているはずだから」

「はい、父上」

「うん」


 満足そうに頷くと、父はフレデリックの頬にそっと触れ、それからまた前を向いた。


 さわさわと、時折揺れる木々から漏れ差す光が気が付けばずいぶんと色を濃くしている。上を向いてももう、まぶしさはあまり感じない。


 フレデリックも叔父の腕の中で前を向き、小さな声で呟いた。


「僕の、兄さまか、姉さま…」


 今はもう、消えてしまった命。フレデリックの、兄か姉。もしも生きていたならば、フレデリックは今どう過ごしていたのだろう。

 うまく働かない頭でぐるぐると考えていると、ぽすん!と後ろ頭に大きな温もりと重さを感じた。勢いで、フレデリックの頭が叔父の肩口に押し付けられた。


「っ、叔父上?」

「眠れ、フレッド。今は何も考えるな。眠って、王宮に着いたら…………」

「着いたら?」

「そしたら確実に説教だ。今のうちに全部忘れて眠っておけ」


 わしわしとフレデリックの頭を撫でながら静かに言った叔父の優しい声に、ぴたり、とフレデリックの思考が止まった。


「叱られ…ますよね…?」


 フレデリックが叔父の肩口に顔を伏せたまま恐る恐る問うと、頭上でふっと、叔父が笑った気配がした。


「叱られるさ、間違いなくな。お前だけじゃないぞ?兄上も、俺も、後ろで寝てるふたりも、なんなら俺の側近ふたりもだ。皆で仲良く叱られる」


 ちらりとまた叔父の肩越しに後ろを見ると、ベンジャミンは「ご一緒しますよ」とにこりと微笑み、頷くジェサイアも眉尻を下げて珍しく微笑んでいる。ふたりの腕には大切なフレデリックの友人ふたりがすっかりと眠っている。


「お前の母上は今か今かと待ち構えてるだろうし、お前の乳母もきっとその後ろで仁王立ちしてるな。宰相は絶対に胃を押さえてへらへら笑ってる」


 フレデリックはその恐ろしい光景を想像してしまい、思わずひくりと口元を引きつらせた。けれどもうひとり大切な面影を思い出し、がばりと頭を上げて叔父を見た。


「叔父上。グレアムは、どうしているんでしょう?ジャック卿とケネス卿は……心配、しているでしょうか。きっと、沢山困らせてしまいました」

「そうだなぁ。心配してねえとも、困ってねえとも言ってはやれねえな。お前らが置いてきたやつら全員、な」

「そう、ですよね……」

「だがなフレッド。叱られるのは、お前が今も生きてるからだ。ちゃんと叱られて、ちゃんと謝れ。………兄上もですよ」


 へにゃりと眉を下げたフレデリックに叔父はまたにっと笑い、それから父の方を見てにやりと笑みを深くした。


「う…分かってるよ…」

「逃げられないですよ、ていうか逃げたら終わりますよ」

「うぐぅ」


 恨めしそうに上目づかいで叔父を見る父に、叔父がからからとまた楽しそうに笑った。


「てことだからフレッド、眠れ。目が覚める頃には…お前の家に着いてるよ」


 またわしわしとフレデリックの頭が大きな手に撫でられた。


 叔父の手は大きい。大きくて、温かい。

 父の手も、叔父の手よりは小さいがフレデリックよりもずっと大きく温かかった。抱き上げてくれた腕も、大変そうだったが十分にフレデリックを支えてくれた。


 フレデリックはずっと、父も、叔父も駄目な大人だと思っていた。母がいないと何もできない頼りない大人。

 でも、違った。父も、叔父も、フレデリックよりもずっと強くて、大きくて、温かくて、そして頼もしかった。間違いなく、フレデリックなんか全く敵わない、本物の大人だった。


 なぜだか嬉しくて、フレデリックは気が付けば「ふふ」と声に出して笑っていた。父が「フレッド?」と呼ぶ不思議そうな声がする。「どうした?」と叔父の低い声が叔父の体から響いてくる。


「ちちうえ、おじうえ」


 隣で「なあに?」と聞いてくれる大きな温もりが優しくて、「おう」と撫でてくれる大きな手が温かくて。もう目を開けていられないけれど、フレデリックはどうしても伝えたいことがあって、ぎゅっとこぶしに力を入れた。


「ありがとう…だいすき…」


 ぎゅっと体が温かくなり、私も愛しているよと優しい声が聞こえた気がした。


 幸せな気持ちでフレデリックはまた「ふふ」と笑って、手のひらから力を抜いた。


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