49.生きていたら
叔父がふっと、笑う気配がした。
「ジェサイア、ベンジャミン」
振り向かないまま叔父が静かに呼ぶと、叔父の側近ふたりは頷いてそれぞれアイザックとレナードの前に跪くと少し言葉を交わし、ふたりが頷くのを見てベンジャミンは微笑みながらアイザックを、ジェサイアは小さく頷いてレナードを抱き上げた。
「叔父上、フェネリー殿は、意外と力持ちですね…?」
「ん?何でだ?」
「あの……安心しろ、とは言ったんですが、フェネリー殿は騎士ではありませんし、アイザックは小柄ですがもう九歳ですから。重いのではと、思ったのですが……」
意外なことにベンジャミンは軽々とアイザックを抱え上げると左腕に座らせるように抱き、ぽんぽんとアイザックの頭を撫でている。
ベンジャミンが微笑んで何かを小さく囁くと、アイザックは目を見開きぱっとベンジャミンの顔を見て泣きそうな顔でベンジャミンの首元に縋りついた。眉を下げ、ベンジャミンが苦笑いしながら縋りつくアイザックの後ろ頭をまたぽんぽんと撫でた。
フレデリックが驚いて思わずじっと見つめていると、ちらりと後ろを振り向いて叔父が笑った。
「はは!ああ見えてベンジャミンは昔は騎士を目指してたんだよ」
「そうだったのですか?」
「おう、今でもちゃんと鍛錬してるぞ。騎士になるにはちょっとばかし不器用すぎたが、その辺のごろつき程度相手にならない程度には強いぞ」
「背は高いけど、細いのに………?」
またちろりベンジャミンを見ると、ベンジャミンはフレデリックの視線に気づいて目を数度瞬かせ、それからにこりと穏やかに笑った。よく見れば、その頬にベンジャミンの赤褐色の髪と同じ色の、乾いた血の汚れが付いている。
「そういえばフェネリー殿も、さっきは長剣を持っていましたよね……」
倒れた銀大蛇の横でベンジャミンも長剣を握って立っていた。叔父の長剣とも護衛騎士のジェサイアの長剣とも装飾は違うが、大きさはふたりの長剣と遜色がないものだったように思える。
「長剣を振るえるくらい、力持ちってことですよね。人は見かけによらないのですね」
「いや、割と見かけ通りだぞ?兄上よりましだけどな!」
叔父がからからと面白そうに笑うと隣で父が「どうせ僕はどんくさいよ…」と拗ねたようように唇を尖らせた。
ベンジャミンは何も言わず困ったように微笑み、ジェサイアは何も聞いていないとばかりに真っ直ぐに前を見て表情を消している。フレデリックも何を言えば良いか分からず「そうですか」と曖昧に笑って父から目を逸らした。
ゆらゆらと揺れる叔父の腕の中は温かくて力強くて、しっかりと守られていると分かる。時折聞こえてくる低い声も心地良く、安心感と疲労でフレデリックのまぶたも段々と重くなってきた。
ちらりと後ろを見ると、アイザックはベンジャミンの首に縋りついたまますっかりと眠っており、レナードもジェサイアの肩にもたれてうつらうつらと首を揺らしていた。
「叔父上」
「うん?」
「ふたりとも、寝ていますね」
「そうか。お前も寝て良いぞ?」
「いえ、僕は、ちゃんと最後まで見届けなければ」
落ちそうな瞼を何度も瞬かせて眠さを誤魔化そうとするが、気を抜けばすぐにでも意識が遠のいてしまう。
「僕は、最後まで、ふたりを守らなきゃ」
今日は本当に、大変な一日だった。沢山失敗して、沢山守られて、沢山のことを知った。だからフレデリックは、せめて今日の最後くらいは彼らを守り見届けてから眠りたい。それなのに言うことを聞いてくれない瞼をフレデリックが手でこすると、叔父に「赤くなるからやめとけ」と笑われた。
「守らなきゃ、か……」
「……父上?」
隣から低い声が聞こえた気がして揺れる頭をゆっくりと持ち上げると、叔父に抱かれるフレデリックを父がじっと見上げていた。フレデリックが眠さを誤魔化すようにぱちぱちとせわしなく瞬いていると、父はふっと、どこか寂しそうな顔で笑った。
「………君にはね、お兄さんかお姉さんがいたんだよ」
ぽつりと、父が呟いた。
「…兄さまか、姉さま?」
ゆらゆらと、止まらない叔父の歩みに心地よく揺れる頭に聞きなれない言葉が入って来る。聞き間違いかと思いフレデリックが繰り返すと、叔父が咎めるように父を呼んだ。
「兄上」
「うん、良いんだ」
「まだ九歳です」
「うん、分かってる」
諦めたようにため息を吐いた叔父が「分かりました」と頷くと、父は前に視線を向け、どこか遠くを見るような目で静かに続けた。
「そう、フレッドのお兄さんかお姉さん。生きていたら…君よりもひとつ年上だったのかな?」
「生きて、いたら…?」
じわりと、胸にもやもやとしたものが広がってほんの少しだけフレデリックの目が覚めた。
兄や姉がいた話は一度も聞いたことが無い。公式記録でもフレデリックは王家の直系長子であり次期王太子だ。『生きていたら』ということは、それはつまり、もうこの世にはいないということで……。
上手くまとまらない思考にフレデリックがふるりと首を横に振ると、ぎゅっと、フレデリックを抱く叔父の腕に力が入った。
「兄上、もう」
「守ってね、あげられなかったんだ」
そう、叔父の言葉に被せるように、囁くように言った父の表情はフレデリックからは見えない。父よりも頭ひとつ分背の高い叔父に抱き上げられたフレデリックからは、俯いてしまった父の表情は蜂蜜色の巻き毛に隠れて陰になってしまっていた。
「……………君まで失わなくて、本当に、良かった…」
誰かの息を飲む音と共に、父の語尾が掠れた。
「父上………?」
ぎゅうと胸の奥が締め付けられたように痛くなって、フレデリックは唇をぎゅっと噛みしめた。




