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ある王宮の日常とささやかな非日常について(シリーズまとめ版)  作者: あいの あお
王妃付き侍女と国王付き侍従の恋文とその顛末について

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19.六日目 ~ ハリエットの色

 雨が降り始めたのは町を離れてから一度目の休憩、午前のお茶の時間を過ぎた頃だった。


 今日はふたつめの目的地であるウェリングバローまで行く予定だが、あまりにも酷くなるようならば途中で一度寄り道をして雨宿りをすることも考えなくてはいけない。

 今回護衛についている騎士隊の隊長とも相談し、途中の小休憩をひとつ飛ばし、予定にはなかったがウェリングバローの手前の町まで一気に移動することになった。


 幸い雨脚がそれ以上酷くなることは無く、ぽつぽつと窓に雨粒を感じる程度のまま町へ入ることができた。


「あと少し、雨、持つでしょうか…」


 鈍色の重そうな雲を窓の外に見ながらリビーがぽつりと言った。


 馬を休める間ハリエットたちも馬車から降り、大きくはない町で唯一貴賓室のあるカフェテラスを貸し切って休むことになった。馬車を含め馬たちは皆、町の入り口近くの騎士の駐屯所で休ませるらしい。


「ここからは無理せず走って二時間程度の距離だから、どしゃぶりにさえならなければ何とか着くはずよ」


 たっぷりと蜂蜜を入れた温かい紅茶で暖を取りながらルースが答えた。この視察旅行に出て以来、こうして皆で揃ってゆっくりとお茶を飲むのは初めてだ。


「ウェリングバローにさえ入ってしまえば視察はほぼ室内の施設ですし雨が降っても問題ないですが、あまりに長く降ると帰るのが遅れますのでそこだけは心配ですね」


 淡々と言うルイザにハリエットも外を見た。時折窓に水滴がつくところを見るとやはり薄っすらとは降っているようだ。先ほどばったりと会ったジャックとケネスに雨の中の護衛は辛くは無いかと聞いたところ、土砂降りでも走るのが騎士と軍馬だから問題ない、とからりと笑われてしまった。何とも頭の下がる思いがする。


「夜まで、降らないといいですね」


 ハリエットの心からの言葉に、皆が神妙な面持ちで頷いた。


 一時間後、馬たちの休息も終わり準備ができたということでハリエットたちも出発の準備をすることになった。他の侍女たちがセシリアや周囲の荷物を確認する間にハリエットはいつも通り戻って来た馬車を確認した。少し泥跳ねは見えるが機能に問題は無いようだ。


「出発!」


 どんよりと暗く垂れ込む雲の下、馬車はゆっくりと走り出した。ここから二時間、本来であれば一度小休憩を挟むところだが休憩なしで走る。馬車を引く馬には少し厳しい道程となるが、強い雨に濡れながら走ることになるよりは体力の消耗も少ないだろうと先を急ぐことになったのだ。


 天気の悪さのせいか先行きの不安からか、同乗しているセシリアとルイザの表情も硬い。疲れもあるせいか会話もあまりないままに馬車のがらがらという音が妙に響いた。


 いつもとは違う感覚に何となくポケットに手をやり、ハリエットは「あ」と思いついた。


「セシリア様、ルイザ様、飴を召し上がりませんか?」


 がさごそとポケットを探るとハリエットは赤い小箱を取り出した。今朝、宿を立つときに何となくポケットに忍ばせてきたのだ。


「まぁ可愛い!どうしたの?」


 蓋を開けて見せるとセシリアの表情が明るくなった。ルイザも興味津々で覗き込んでいる。


「いただいたのです、私の髪の色に似ているからって。疲れたら食べて欲しいと書いてあったのでいかがかなと!」


 そう言ってハリエットが勧めると、セシリアが外では見せないような悪い顔でにやりと笑った。


「そう、書いてあったのね。あなたの髪の色と一緒だって」


 ふふふふふふ、と笑いながらセシリアが小さな赤い粒をひとつ摘まんだ。そうして目の高さまで持ち上げてじっと見ると「書いてあったのね」ともう一度言い、ハリエットを見ながら楽しそうに飴を口に入れた。ルイザも「書いてあったようですね」と笑いながらひと粒食べた。


 ぶわり、とハリエットの顔が熱くなった。少しでもふたりの気持ちが明るくなればと思って出した飴だったが、とんだ蛇を藪から出したらしい。

 間違いなく気分が明るくなったのであろう実に楽しそうな笑顔でセシリアがとどめを刺しに来た。


「甘酸っぱいわね、ハリエット」


 あまり大きく感情を表に出さないルイザまでくくっと肩を揺らして俯いている。


「ち、違うのです!そういうのではなくて!!」


 本当のことを言うわけにもいかず、ハリエットはどうしたものかと内心で悶絶した。


 これはどういう状況だろう。ダレルから届く返事は全て封蝋がしっかりと貼られたままだった。セシリアもルイザも内容は知らないはずだ。

 もしやハリエットの手紙の内容を知っているのかと思ったがそれも騎士に直接渡している以上無いだろう。まさかあの出立前二日間の小細工が功を奏しているのだろうか?


 本人は上手く隠せているつもりだろうが分かり易いほどに百面相をするハリエットを見て、セシリアとルイザは目を見合わせ楽しそうに、どこか嬉しそうに頷き合った。


 暗かった馬車の空気はすっかりと鳴りを潜め、主にセシリアの楽しい気分に吹き飛ばされたように空もそれ以上泣き出すことはなく、予定通り午後のお茶を過ぎた頃には無事にウェリングバローへ入ることができた。


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