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ある王宮の日常とささやかな非日常について(シリーズまとめ版)  作者: あいの あお
第八章 王子殿下の冒険と王家男子の事情について

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47.帰ろう


 ゆっくりと、叔父が歩いていく。


 フレデリックがぼんやりとその背を目で追っていると、叔父はぴたりと大きな銀の塊の前で止まり膝をついた。


「―――」


 叔父がぽつりと、何かを呟いた。そうして光の失せた金の瞳の間、息絶えた大蛇の眉間に手を当てて叔父はゆっくりと、静かに頭を垂れた。

 日の光を浴びて輝く青みがかった銀の前に跪く叔父の表情は、フレデリックからは見えない。けれど、風に揺れる銀の髪が時折きらりと煌めいて、叔父の背中はまるで悼むように、何かを祈るようにも見えた。


「叔父上………?」


 淡い風がフレデリックの呟きをさらって行く。父もまた、フレデリックを抱えたままで、フレデリックと同じように叔父の背中を見つめていた。


 どれくらいそうしていたのだろう。叔父はゆっくりと立ち上がると、いつの間にか側に控えていたベンジャミンとジェサイアに振り向くことなく手で合図をし、それからすっと目を細めて森を見た。


「先行しろ。解体が必要だが場所が悪過ぎる。第一、第二、第三騎士団長即時召集の上、適切な人員と機材の派遣を依頼してくれ。この際口が堅くて信用できりゃ爵位と所属は目を瞑る。デカブツの解体ができるやつ、それと運搬な。この気温じゃどこまでもつか分からんが可能なら冷やせればそれに越したことはない。離宮も最大限活用しろ。離宮にはグレアムが戻っているはずだからそっちにも協力を仰げ。全て俺の名で許可を出す。情報共有は随時、俺も一度王宮へ戻る。ここまでの行動もここからの行動も何もかも絶対口外不可、第一級機密扱いとする。以上だ、急げ!」

「はっ」


 叔父が一気に言い切ると、森から誰かが返事をする短い声だけが聞こえてきた。


「よろしければ、抱えて行きましょう」


 振り向けば、ベンジャミンが木にもたれて座っていたアイザックに声を掛けていた。隣ではジェサイアがレナードに手を差し伸べている。


「ありがとうございます。大丈夫です、歩けます」

「俺も歩けます。ありがとうございます」


 アイザックはふるりと首を横に振って微笑んだ。レナードも一瞬痛そうに顔をしかめたが、ぐっと口角を上げて首を横に振った。


「そうですか」


 ベンジャミンは目を細めてふわりと微笑むと「では、どうぞ」とアイザックに手を差し出した。


「あ……はい、ありがとうございます」


 アイザックが驚いたように何度か瞬いてその手を掴むと、ベンジャミンは少しだけ勢いをつけて引っ張り上げて、もう片方の手でアイザックを支え「無理はいけませんよ?」と苦笑した。

 ジェサイアは何も言わずにレナードの脇に手を入れそのまま持ち上げると、ほんの少し確認するように視線を合わせ、レナードが頷くのを見てゆっくりと支えながら地面に立たせた。


 ふたりが無事に立ち上がったのを見てフレデリックはほう、と詰めていた息を吐いた。そうしてフレデリックも立ち上がろうと父から離れようとすると、ふわりと体が宙に浮いた。


「父上!?」


 ぎょっとして、フレデリックは思わず大きな声を上げた。自分の視線よりも高くフレッドを抱き上げると、父はいつものように眉を下げ困ったように笑った。


「フレッド…大きくなったね…」


 じっとフレデリックを見つめると、父は感慨深そうに赤の混じる深紫の瞳を細めて呟いた。

 どうしていいか分からずにフレデリックが目を見開いたまま固まっていると、父はそのままぎゅっとフレデリックを抱きしめた。


「行こうか」


 父はフレデリックを腕に抱え直すと、叔父に頷いてそのまま歩き出した。


「ち、父上。あのっ」


 父に抱き抱えられるなどいつ振りだろう。自分が酷く幼い子供になったようでどうにも落ち着かない。

 フレデリックが慌てて目を白黒させていると、まるで安心しろと言うように父がぽんぽんとフレデリックの背を叩いた。


「早く帰ろう。きっと皆心配しているよ」


 途方に暮れて隣を振り向くと、叔父がにっと濃紫の瞳を細めて笑った。決まりが悪くて目を逸らすと、後ろからベンジャミンとジェサイアが着いてくるのが見えた。


「あの、アイザックとレナードは歩いているので!」


 自分だけが父に抱かれているのが気恥しくフレデリックが身じろぐと、「あまり動かないで!」と父が小さく悲鳴を上げた。とっさにびたりとフレデリックが固まると、隣で「ふはっ」と噴き出す声がした。


「ほら、陛下。そろそろこちらにフレッドを渡してください。そのまま我慢してるといずれ落としますよ」

「うるさいな……もう少し頑張れるよ」


 父は不機嫌そうに唇を尖らせてフレデリックを抱え直すと、叔父には渡さないとばかりにぎゅっとフレデリックを抱く腕に力を入れたが、フレデリックの体が少しずつずり下がっていく。


「下がってますよ陛下。ほら、落としてからじゃ遅いんですよ」


 にやにやと笑い「早く」と両腕を出す叔父に、父が半目になって「もう少し」と横にずれたとたん、父が何かにつまずいた。


「あ!!」

「っ!!」

「うぉっとー」


 とっさに叔父がフレデリックの背を支え、ぐっと父の体を押し返した。


「だから言ってるじゃないですか、陛下」

「………父親は僕なのに」


 呆れたように眉を下げた叔父に父が悔しそうにぎゅっと眉根を寄せ、ぷいっと横を向いた。

 どきどきと、心臓の音がうるさい。助け出されたことで気が抜けていたのか、ぶわりと、フレデリックの全身の毛穴が開いた気がする。


「そうですよ、父親は陛下です」


 ぽん、と背を軽く叩かれ恐る恐る振り向くと、目が合った叔父が苦笑して頷いた。


「かっこいい父のままでいたいならほら。駄々こねてないで。ほら………兄上」


 宥めるように穏やかに微笑んだ叔父に優しく兄と呼ばれ、観念したのか父は「分かったよ、もう…」とちらりとフレデリックの顔を見た。


「こんなチャンス中々無いのに…」


 へにゃりと情けないほど表情を崩した父は今にも泣いてしまいそうに見える。フレデリックがどうしたものかと叔父を見ると、叔父はぐっと口角を上げて「黙っていろ」と言うように目をきゅっと細めた。


「悔しかったらもう少し鍛えたらどうです。兄上、最近ちょっと腹出てきたでしょう」

「ぐっ、そんなこと、そんなことは…!」

「そんなことは?」

「無くは、無いけど…!」


 叔父が「はいはい」と笑いながら腕を伸ばすと、父は悔しそうに顔を歪め、名残惜しそうにもう一度だけフレデリックを抱きしめると、ゆっくりと腕を緩めた。


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