45.王族の資格
フレッドを抱きしめたまま謝ることを止めない父の向こう、ざっと周囲を見回った叔父はゆったりと、フレデリックたちの元へやって来て笑った。
「フレッド、気は済んだか?」
血の匂いの漂うこの場にはそぐわない、いつも王宮で見るのと同じ飄々とした叔父の美しい笑みに、フレデリックはなぜかそわそわと落ち着かなくなった。
「レオ、言い方」
「おい、今突っ込むなよ」
後ろからちくりとベンジャミンに窘められて叔父が唇を尖らせた。
まるで王宮の中にいるような、もっと気心の知れたような。叔父を愛称で呼ぶベンジャミンとそれを当たり前に受け入れて拗ねる叔父に、フレデリックは更におかしな気分になった。
「今以外にいつ注意しろと?」
「いつもしてんだろ?」
降り注ぐ初夏の陽光の下、まるで何事も無かったように叔父は笑い、ベンジャミンも呆れたように微笑んでいる。見守るジェサイアも相変わらずの無表情だ。
叔父たちの後ろに目をやれば銀のかたまりがある。その周囲には目を覆いたくなるような蛙たちの無残な姿。漂うのは、濃密な死のかおりだ。その中に立つのは、過ぎるほどに普段通りの三人。
「え……?」
あまりの光景にフレデリックは自分がおかしいのだろうかとめまいがしたが、ぴくりと父が肩を揺らしたことで、ほんの少しだけほっとした。
「あの、叔父上…」
事態が飲み込めず呆然としたままフレデリックが呟くと、「うん?」と腕を組んだ叔父が首を傾げた。
「どうして…?」
叔父はそれだけで理解してくれたらしく、「ああ!」と言うとにかっと口を開けていつも通りはしたなく笑った。
「お前らが何か企ててるのは分かってたからな。暴走はガキの特権だからちょっと様子を見ようと思ってたら陛下が大暴走して突っ走った。しょうがないから俺と側近で陛下の護衛をしつつお前たちを追っていたら、あっさりと面倒ごとに巻き込まれてくれたお前らがいたから助けに入った」
叔父は一度言葉を切ると腰に手を当て、「それだけだぞ?」と言ってまたとても良い顔でにかりと笑った。
「それだけ………」
「それだけ、って」
アイザックが遠い目になり、レナードがぽかんと口を開けて口元を引きつらせた。叔父のあまりに軽い調子にもやりとしたものが胸に広がり、思わずフレデリックも唇を尖らせた。
「だったらもっと早く助けてくれたらよかったのに…」
視線を俯かせて拗ねたように言ったフレデリックに、一瞬だけ淡く目を細くして「ふざけんな」と叔父が肩をすくめて笑った。
「お前ら、何のためにここに来た?」
いつも通りの叔父の声に、ざわりと、なぜかフレデリックの腕が泡立った。
「俺たちが気づいて追いかけてなかったらお前ら、どうなってた?分かってて来たんじゃねえのか?」
叔父の声がどんどんと低くなっていくことに気づいてはっと顔を上げると、叔父の顔は笑っているが目が全く笑っていない。
「甘ったれてんじゃねえぞ。てめえでやったことにはてめえで最期まで責任を取れ」
うまく飲み込めないままにフレデリックが固まっていると、叔父の顔から笑みが消え、すっと濃紫の目が細められた。
「あのなフレッド、無茶すんのはうちの男連中の血筋だ。それは仕方がねえ。だがな、やるならやり通せ。やり通せねえなら…てめえで責任取れねえなら最初からやるな」
叔父は言葉を切ると一度目を閉じ、目を開くとくっと口角を上げ嘲るようにフレデリックを見下ろした。
「それすら分かんねえようならな、人の上に立つ資格は…王族を名乗る資格はねえよ」
優しく囁くような叔父の声に、かっと、フレデリックの顔に血が上り熱くなった。
そろりと視線を向ければ、レナードとアイザックが心配そうにフレデリックを見つめている。フレデリックが無理を言って連れ出したふたりだ。フレデリックが行くと言ったからここにいる。
ゆっくりとふたりに頷いて視線を森へと移せば、無残にへし折られた木々が目に入る。その様子に、今更ながらにフレデリックは自分の選んだものの重さにぐらりと、視界が揺れた。
「僕……僕は………」
視線を叔父の後ろに向ければ、動かなくなった大きな銀のかたまりがある。
ふたりが危険な目に合ったのも皆に迷惑をかけたのも、全てはフレデリックが選んだこと。フレデリックが全てにおいて責任を取るべきこと。ここまでずっと…大蛇と相対しているときですら、フレデリックはそう思ってきたはずだ。なのに。
「僕は、今、何を言った………?」
さああああ、と頭から血の気が引いて行く。指先から、足先から、血の気が引いて冷えて行く。
足元ががらがらと崩れるような心地がして、フレデリックの体がだらりと、力を失った。
『もっとはやくたすけてくれたらよかったのに』
ぱしゃりと、どこかで水がはねる音がした。




