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ある王宮の日常とささやかな非日常について(シリーズまとめ版)  作者: あいの あお
第八章 王子殿下の冒険と王家男子の事情について

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41.魅入られる


 何かが、ぶつかる音がした。それからうめき声と、何かがどさりと、落ちる音。


「………?」


 全く訪れない予想していた衝撃に、フレデリックは恐る恐る目を開いた。ばくばくと、心臓の音がうるさい。

 しっかりと目を開いてももう赤い色は無く、シャーっという音に反射的に上を見上げれば、ぐっと大きく持ち上がった大蛇の顔。その金の目の片方に、細い剣がしっかりと突き刺さっていた。


「え…剣………?」


 刺された痛みに怒りを覚えたのか、大蛇はぶんぶんと頭を振りながらびたんびたんと体中を波打たせ大地を打っている。周囲では、いたるところで巻き込まれた蛙が下敷きになって悲鳴を上げていた。


「剣……あ、レナード!?」


 大蛇の片目を貫いているのはレナードの小剣だ。フレデリックは気付いたが、見える範囲のどこにもレナードがいない。


「レナード!どこだ!?」


 まさか大蛇に潰されたのかときょろきょろと辺りを見回す。

 必死で視線を動かせば、いまだにぎょろぎょろと跳ね続ける暴食蛙の向こう。森の手前に、蛇にはじき飛ばされたのかこちらに背を向けて倒れているレナードの姿が見えた。


「っ……レナー、ド?」


 ぶるりと、フレデリックの体が震えた。


「レナード!レナード!!」


 のたうち回る大蛇を横目にフレデリックはレナードに駆け寄った。喉元にせり上がる熱に唇を噛みしめる。何度も蛙にぶつかられ倒れたが、それでも必死にフレデリックは駆けた。


「レナード!」

「大丈夫です、殿下……」

「無事か!怪我は!?」


 フレデリックが背に手を添えて抱き起すとレナードの顔がぐっと歪み「ぐっ」と口から苦しそうな声が漏れた。


「痛むのか!?」

「少し、背を打ちました。ですが、大丈夫です。俺よりも、アイザックを……」


 フレデリックが慌ててぱっと振り向くと、アイザックが何とかこちらへ来ようと跳ねまわる蛙の合間をゆっくりと這っている。


「くそ、いったいこの蛙どもはいつになったら全部が逃げ終わるんだ!」

「いや、それよりも、大蛇が体の向きを変えたら、アイザックが」

「分かった、僕が行く!レナードはここで木にもたれていてくれ!」


 レナードに手を貸して森の木にもたれさせると、フレデリックは上体を低くしてアイザックの方へ駆けた。

 後ろから来る蛙は避けられないが、前から来る蛙は避けやすく先ほどよりかなりの蛙を避けてアイザックの元へ辿り着くことができた。


「アイザック、大丈夫か!?」

「殿下……申し訳ありません……」

「謝るなと言った!お前は僕を助けてくれたんだろう!」

「ですが…レナードが……」

「僕の責任だ、全てのとがは僕にある!今は何も気にせず逃げることを考えろ!一緒に無事に逃げ切ると約束しただろう!!」

「殿下……はい……!」


 アイザックがフレデリックを見て目に涙を浮かべて頷いた。フレデリックも力強く頷くと、「行け!」とアイザックを先に行かせフレデリックはその足元にかがんだ。

 レナードがしてくれたように、這って行くアイザックに蛙がぶつからないようフレデリックが障害物になる。あとの問題はあの大蛇だけだ。


「どうする……今のうちに森へ入れば逃げ切れるかもしれないが……レナードは動けるのか?」


 大蛇は今ものたうちまわり、その動きに合わせて森の木々がなぎ倒されていく。暴食蛙もずいぶんと犠牲になったようで思わず目を逸らしたくなるような惨状だ。


「アイザック!?」

「着きました!!」


 ちらりと後ろを確認すれば、アイザックがレナードの元へ駆けていくのが見えた。じりじりと後退していたフレデリックも急いで立ち上がる。


「よし!このままふたりでレナードを抱えて行くぞ!」


 ふたりが無事であることにほっと胸を撫でおろし、フレデリックもふたりの元へ駆け寄ろうと大蛇に背を向けた、その瞬間。ひと際大きな地響きと蛙たちの甲高い悲鳴が上がった。


「なんだ!?」


 驚いて大蛇を振り返ったフレデリックの目に、からんっと大蛇の目からアイザックの小剣が抜けるのが見えた。


「剣が」


 フレデリックが思わずレナードの剣を目で追うと、まるで剣が抜けるのを待っていたように大蛇はのたうち回るのを止めた。

 そうしてぶるりと頭を何度か振ると、鎌首をぐっともたげ、シューっと不快な音をさせながら金の双眸でぎろりとフレデリックをまっすぐに見据えた。


「っ!」

「くそ……殿下、早く!」

「殿下、こちらです!!」


 フレデリックは息を飲んだ。大蛇の、片方の目が濁っている。

 フレデリックを呼ぶふたりの声に答えたいのに、フレデリックはまるで魅入られたように声を上げることも振り向くこともできなかった。


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