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ある王宮の日常とささやかな非日常について(シリーズまとめ版)  作者: あいの あお
第八章 王子殿下の冒険と王家男子の事情について

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40.威嚇


「殿下、行きましょう!アイザック、行け!」


 もう一度叫んだレナードの声に、アイザックが慌ててずりずりと大地を這い始める。フレデリックも何とか後ろを着いて行こうとするが、少し進むたびに四方八方から暴食蛙が跳んで来る。


「くそ、蛙が邪魔だな!」

「さっきより、蛙が混乱していませんか!?」

「蛇がこっちに来てるんだ、どこに逃げれば良いか分かんないんだろ」


 レナードの落ち着いた声の後でばしゃんばしゃんと水の跳ねる音がする。思わず振り返れば、蛙たちが水の中へと飛び込んでいくのが見える。


「水の中の方が安全なのか!?」

「そうでもなさそうですよ」


 レナードがこの状況に似合わないほど淡々と言って水たまりの方を指さした。


「あの蛇、水に入らなくても水の中に届くのか?」

「頭だけ突っ込んで食べてますね」

「もう、大きさがよく分からないな」

「あの、尻尾の先がまだ、森の中にある気が、します」


 アイザックが指さした方を見ると、蛇の頭はずいぶんと近くに来たように思えるのにまだ尻尾の先が向こうの森から出ていない。


「どんだけでかいんだよ」


 レナードがため息を吐くと呆れたように呟き、大蛇の動きを少し観察すると、また淡々と「アイザック、行け」と促した。

 慌てて動き出したアイザックの後ろに続き、フレデリックも動き出す。跳ねまわる暴食蛙に辟易しながら進むフレデリックの口から、ため息のように言葉がこぼれた。


「レナード、お前、本当にすごいよ……」

「何がですか?」

「この状況で全く慌てていない。周りを良く見ている。僕にはもう、跳ねまわって僕らを踏んでいく蛙しか見えない」


 フレデリックが心の底から感心して頷くと、レナードはどこか嫌そうな声で「いえ」と言った。


「解決策が見いだせない時点で俺はまだまだです」

「そう言うな、本来なら僕が何か指示をしないといけないところだ」

「おふたりとも、落ち着いていて、十分凄いですぅ!!」


 アイザックが暴食蛙に踏まれ、頭を抱えて悲鳴のような声を上げた。


「いや、僕はどうしたらいいのか分からず伏せたまま脱力していただけ…だ………?」


 フレデリックが首を横に振りつつちらりと大蛇を伺うと、突然ぴたりと、大蛇の動きが止まった。


「レナード?」

「様子がおかしいですね」


 レナードも眉根を寄せてじっと大蛇を見つめている。

 大蛇はまたも鎌首をもたげて二股に分かれた赤い舌をちろちろと出し、きょろきょろと周囲を見回している。ずるり、ずるりと体をくねらせて少しずつこちらへと進んでくる。


「え……なんだ……?」

「蛙に興味を失ったんでしょうか……?」


 アイザックも何度も目を瞬かせて大蛇を見つめている。

 大蛇は飛び回る暴食蛙たちに見向きもせずにずるりずるりと這い、首を伸ばせばフレデリックたちに届きそうなところまで来るとぴたりと、動きを止めた。


「…………森を、見てる?」


 レナードがぽつりと、呟いた。

 大蛇は大きな金色の目でじっと森を見つめてちろちろとまた舌を出している。しばらく何かを探るように揺れながら森を見つめた後、大蛇は少しだけ頭を低くすると、シューっ、シューっと、何度もあの不快な音を立て始めた。


「威嚇、か?」

「威嚇?」


 レナードの呟きにフレデリックも大蛇の視線を追うと、大蛇はフレデリックたちが出て来た方、離宮の森の方角をじっと見据えている。

 大蛇は何かを探すようにきょろきょろと小刻みに頭を左右に振ると、突然、怯えるように身構えるように、更にぐっと身を低くした。


「どうしたんだ…?」


 ぎょろぎょろと、甲高い鳴き声と共に乱舞のように繰り広げられる蛙の狂乱で森がよく見えない。

 フレデリックが何とか森の奥を見ようとゆっくりと体を起こすと、森を見つめていた蛇が何かに驚いたようにびくりと体を震わせた。

 そうして目を怒らせるとぎょろりとフレデリックを振り返り、どこか忌々し気にシューっとひときわ大きな音を立てた。


「っ!?!?」


 真っ赤、だった。


 ぱかりと大きく開かれてフレデリックにどんどんと近づいてくる口は真っ赤で、左右に大きな二本の牙が見える。

 大蛇の動きはなぜかゆっくりと見えるのにフレデリックの足が動かない。違う、フレデリックは動けなかった。後ろには…アイザックがいる。


「殿下ああああああ!!」


 レナードが、フレデリックを呼ぶ叫び声が耳に入って来る。けれど、フレデリックは振り返ることもできなかった。


――――呑まれる。


 強く鼻を突く生臭い臭いに、フレデリックはぎゅっと、固く目を閉じた。


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